『地蔵・ゴーズ・オン』
西橋京佑
(『笠地蔵』)
爺さんは、自分を見失った。地蔵もまた、存在を見失った。だけど、答えはずいぶんシンプルで、それを明日も明後日も続けていくことが、生きていくということだと地蔵は得心する。傘をつくらなくなった爺さんと、傘をかぶらなくなった地蔵の、静かな日曜日の午後のお話。
『逆流ヲ進メ』
木江恭
(『高瀬舟』)
僕と彼女は体だけの割り切った関係を一年ほど続けていた。彼女はベッドでいつも文庫本を読んでいた。しかし、ある日彼女から掛かってきた電話が僕らの均衡を崩す。「迎えに来て」――呼び出された田舎町に僕が向かうと、彼女は喪服を着て現れた。
『注射を打つなら恋のように』
入江巽
(『細雪』谷崎潤一郎)
「薬物はあなたの人生を確実に変えてしまいます」、横目で見た、大学の保健室のようなところに貼ってあるポスターにはそう書いてあった。好きになった人は大学の掃除のおにいさん。シャブ中。あたし、どうしたらいいんかナ。どんな風に変わるのかナ。
『ツバメの涙は』
柘榴木昴
(『幸福な王子』)
愛する人がバラバラに生きている。彼女のことを失いきれない僕は、彼女の意思と幸福の王子を重ね、さらにはツバメと自分を重ねる。何が不幸で何が幸福なのかを追求し、個人的な愛とそれを許さない社会のひずみに絶望する。
『少女変身』
三浦佑介(作)/三浦梢(原案)
(『変身』フランツ・カフカ)
ある朝目覚めると、少女は毒虫になっていた。しかし、毒虫の体は少女にとって不思議と心地がよく。毒虫の生活が気に入っていた。しかし、そこに彼女の唯一の親友がやってきて、少女の心はざわつくのだった……。
『あたま山』
鴨塚亮
(『あたま山』)
ささいなことで、妻と喧嘩した。勢いあまって、追い出した。その晩、熱が出た。子どもが出すみたいに高い熱だった。看病してもらったあとに追い出せばよかったのだが、あとの祭りだ。というか、別れたせいで熱が出たのかもしれない。
『メイキング・オブ・吾輩は猫である』
野村知之
(『吾輩は猫である』)
過去へ自由に行けるようになった未来。テレビの撮影隊は明治時代で、夏目漱石が『吾輩は猫である』の着想を得た瞬間を映そうとするが、それをもたらした“福猫”が事故で死ぬ。代役の猫を立てて乗り切るが、その後で実は夏目家出入りの按摩師が、撮影隊の正体を知って手助けしてくれたのだと分かる。
『晦日恋草』
霜月透子
(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)
年末押し迫った二十八日、専業主婦の「私」八尾七(やおなな)は電話で呼び出される。息子がコンビニで万引きをしたのだった。対応したのは三十歳の若い店長小野朗(おのあきら)。どこか思わせぶりな言動。四十六歳の七は忘れていたときめきを思い出す。再び会うために七はわざと腕時計を「落として」いく。