一羽のうつくしい鶴が、冬の空を飛んでいます。
ほっそりとした足、処女雪のような羽毛、鋭くも愛嬌のあるくちばし。年齢は五歳、人間で言えば十代半ばの、うら若き乙女です。
……ああ、本気の恋がしてみたい。
そのメス鶴――彼女は恋に憧れていました。亡くなった母の言葉を思い出します。
『いつかあなたにも、この身を捧げたい、と思えるようなオスが現れるわ』
類まれな美貌ゆえに、オス鶴から言い寄られることは日常茶飯事。しかし、彼女の眼鏡にかなうオス鶴が現れたことは一度もありません。
母はこんなことも言っていました。
『好きになったオスが、あなたを幸せにしてくれるとは限らないのよ』
思い出の中の母と父は、すてきな夫婦鶴でした。しかし、彼女はときどき、遠い目をしている母を発見することがありました。「どうしたの」と尋ねても、母は微笑し、「なんでもないわ」と答えるのみ。母が遠望の果てに何を見つめていたのかは、母が病で亡くなり、その後を追うように父も他界した今となっては、知ることができません。
彼女は水飲み場に降り立ちました。本当は親友と一緒に来るはずだったのですが、どんなに待っても、親友は待ち合わせ場所に来なかったのです。
……ひさしぶりに会いたかったのに。
彼女は雪を踏みながら、小川のほとりに近づいていきました。
それが、自殺行為であるとも知らずに。
がちん、という金属音、そして、
「クエェッ!」
……いっ、痛い!
彼女は飛び上がろうとしましたが、地上に引き戻されました。雪の中で何か硬いものが、右足に食らいついているのです。
……どうしよう。
助けを求めて、声をふりしぼること数時間。夜の帳が降りようとしていました。彼女はつかのま、夜闇のなかで雪に降られ、孤独に凍え死ぬ結末を思い描きました。つぶらな瞳がみるみるうちに潤み、下瞼のふちから涙が溢れ出します。