小説

『多元宇宙収束現象太郎』多憂唯果(『桃太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『金太郎』)

 昔々、とは言っても、この宇宙の昔ではないかもしれません。あるところに、桃太郎という偉丈夫がおりました。桃から生まれた桃太郎は、立派に成長して、犬・猿・雉をお供に鬼ヶ島へ鬼退治にいき、鬼たちの住む砦の中で、最後の鬼を追いつめていました。鬼に連れ去られていた村娘を後ろ手にかばいながら、桃太郎と鬼との一騎打ちです。鬼は筋骨隆々にして八尺はあろうかという巨体で、桃太郎に金棒を振り下ろします。桃太郎は細くしなやかな刀でそれを受け止め、はねのけました。
 こうして何度も何度も、桃太郎の刀と鬼の金棒は打ち合いました。しかしある時、不意に、桃太郎の刀が受ける攻撃が急に軽くなったのです。自分が戦っている相手を見つめて、桃太郎は狐につままれたような気分になりました。巨体の鬼は手のひらにも乗るような小人に、金棒は針へと変わっていたからです。それだけではありません。周りを見渡せば、堅牢な砦も穏やかな河原に変わっていました。

 この状況を奇妙に思うのは、一寸法師も同じことでした。彼は、奇しくも桃太郎と同じく、金棒を持った鬼と戦っているはずでした。鬼に代わって現れた、目の前の青年は誰なのか。なぜ、自分と戦っているのか。一寸法師は考えを巡らせ、すぐに結論に至りました。例え姿が変わっても、自分の目の前にいて自分と戦うこの者は、自分の恋人を強奪した鬼である、と。
「狼藉者の鬼めが。俺の女を返しやがれ」
 桃太郎はふと、自分の庇っている村娘に目を向けます。しかし、そこにいたのは、素朴な村娘などではありませんでした。貴族の生まれかと思われる、上品なたたずまいの娘です。
 奇々怪々な状況に置かれながらも、桃太郎には不思議な実感がありました。村娘をかばいながら砦で戦っていた、そのことの方が幻覚だったかのような、奇妙な現実感がありました。しかし、それでもなぜか、変わらぬ確信もあります。
「何が狼藉者か。鬼は貴様の方であろ」
 一寸法師と同じく、自分が対峙している者こそが、鬼であるという確信です。二人が再び刃を交えようとしたそのとき、二人の間に割ってはいるように鉞が飛んできて、地面に突き刺さります。桃太郎と一寸法師は、思わず飛び退きます。
「お主ら、わしの山で揉め事とはいい度胸じゃの」
 そういって現れたのは、熊の背に乗った金太郎です。桃太郎と一寸法師が見回すと、高い木々に囲まれ、遠くにはどこかの村が見渡せる、確かに辺りは山のようでした。河原にいたことの方が、幻覚だったのではないかと、そのような気分になりました。戸惑いながらも、一寸法師はふと気づきます。自分の愛する娘が、どこにもおりません。

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