ふふ、いい感じになってきた。
畑中真里は、朝、自宅の洗面台の前でにこにこした。
真里は髪を明るめの茶色に染めているが、付け根の方の色が抜けて黒髪が覗いている。俗に言う「プリン」の状態だ。
しかし、真里はこの茶髪から黒髪への移行期が好きだった。
茶色一色でも、黒一色でもない、グラデーション。
黒髪の部分が広くなりすぎる前の、絶妙なバランスで保たれるプリンが、おしゃれで気に入っている。
スタイリング剤で髪を整えながら、真里はもう一度笑みをこぼした。
大学の授業を3限で終え、友人と別れてアルバイトへと向かう。
真里は駅ビルに入っているパン屋でアルバイトをしている。
基本は、レジで客がトレーに乗せたパンを袋に詰め、会計をするのが主な仕事だが、最近は焼き上がったパンを棚に並べたり、イートイン用のドリンクを作ったりすることもある。
アルバイト中は、髪を結って帽子に入れるのが規則だ。髪色がプリンのまま接客することが良しとされないアルバイトもあるかもしれないので、アルバイトのために染め直す必要がないところも、真里にとっては助かっていた。
4時間のシフトを終え、真里が更衣室で着替えていると、アルバイト仲間の近藤秋穂と吉川未来がやってきた。
「あ、お疲れ様!」
「お疲れ。あれ、今日は閉店シフトじゃないんだ」
ひらひらと手を振りながら、秋穂が意外そうに言う。
秋穂と未来は、20時から閉店までのシフトらしい。真里も普段はそのシフトで入ることが多いので、二人とは仲が良かった。
「そうなの。今日は『ミュージックナイン』に風太くんが出るから、9時までに帰らないと!」
真里がアイドルの松林風太を応援していることも、二人は知っている。
未来がころころと明るく笑った。
「でた〜、風太くん!最近洗剤のCM出てない?」
「そうそう!さっそく3個買っちゃった」
「3個も!?さすがだわ」
引き気味の秋穂に感心されつつ、帰る支度が終わった真里は、ロッカーの鍵を閉める。
「じゃ、ごめん、お先に!」
「お疲れ様〜!」
「お疲れー」
二人の声に見送られ、更衣室を出る。
しばらく歩いたところで、スマホがないことに気付いた。おそらくロッカーに忘れてきたのだろう。
仕方なく廊下を引き返すと、ちょうど更衣室から出てくる人の声が聞こえた。秋穂と未来だ。
「真里の髪色、見た?」
「あ〜、ちょっとプリンって感じだったかな?」
「マジで。洗剤買う前にヘアカラー買った方がいいよね」
「秋穂ちゃん、毒舌ぅ〜」