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『お客様の中に、美容師の方は』福井雅

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 旅の途中、バスの中で、そのアナウンスがかかった時、私の大きめの黒いバッグの中には、生首が入っていた。
 生首といっても、カットウィッグのことだ。髪を切る練習に使う、あのマネキン人形の首。研修の帰り、贅沢に土日に休みを取らせて貰って、バスツアーに参加した小さな旅でのこと。
 旅に来ることにしたのは、行き詰まっていたからだ。今の店に勤め始めて7年目になる。5年目から、鋏を持たせてもらった。それから2年、慣れてはきている。お客様の要望に、なんとか応えられるようになってきたという自負はある。型通りのカットなら、こなすことができる。でも、自分の腕になんだか自信が持てない。お客様が希望するヘアスタイルを、それに添った形でなんとか整えている、そんな感じ。規定演技はこなせるけれど、任されて自由演技になるとまるでだめ、そんな感じ。
 私が勤めている店は、交差点の角に位置している。店に立つと、ほぼ全面のガラス越しに、通りゆく人達が見える。信号が変わって、横断歩道を人々が横切っていく。中から眺めていると、外はまるで全く違う世界のように見える。目の前の鏡、通りに面したガラス、そして、白い店内。まるでガラスの城みたいだ。オーナーには気にいって貰っていて、あと何年かしたら、いくつかある店のどこかで店長を、なんて淡い期待を抱かせるような言葉をかけて貰うこともある。でも、私的には壁にぶち当たっていたのだ。
 行き詰っているのなら、旅に出るに限るよ、と勧めてくれたのは美容師仲間の菜穂子だった。それで、研修の帰りに行けるバスのパックツアーを選んだ。観光名所があるわけじゃなく、海辺を巡る渋いバスツアーだけれど、考えたり、思いを巡らせたりするには、そんな旅のほうがいいと思ったから。
 春の日差しの中、バスは海沿いの道を走っている。小さなバスで、少し揺れる。ガイドの男性が上手に説明をしてくれている。弾さんという一生懸命な人で、なんとなく雰囲気がカピバラに似ている。押し付け過ぎず、やさしいトーンでしゃべる。ときどき説明を忘れてタブレットを見たりするけれど、好感が持てる人だった。何個所か目のフォトスポットを過ぎて、島巡りのフェリーが出発する港で、トイレ休憩ということでバスが停まった。私は降りなかったのだけれど、約束の時間を過ぎてもバスが出ない。弾さんもいない。と、一番前の席に座っていた女の人を抱えるようにして弾さんが戻ってきた。女の人は泣いているみたいだった。しばらくして、当惑した感じの弾さんの声で、アナウンスがかかった。
「すみません。お客様の中に、美容師の方はおられませんか?」
 こんなの、聞いたことがない。飛行機の中でお医者さんを探すアナウンスならドラマで見たことがあるけど。迷ったけれど、手を挙げて、前のほうに出ていく。女の人は顔を埋めて泣いていた。雰囲気からすると、多分私よりちょっと年上、30歳を少し超えたくらいだろうか。弾さんから話を聞いてわかったのは、こういうことだ。
 芹奈さん、という名前の彼女には、好きだった男性がいた。結婚直前まで話は進んで、彼は腕時計までプレゼントしてくれた。でも、それが頂点だった。未練を残した別れになり、彼は別の人と結婚してしまった。その彼が、船に乗りこむのを偶然見かけたのだという。
「ガイド仲間に確認したのですが、フェリーが島めぐりから戻ってきたら、レストランでランチを食べて、バスに乗ってそのまま行ってしまうらしいです」
 弾さんが言う。でもどうして美容師? 芹奈さんが泣き腫らした顔をあげて私を見る。
「わたし、結婚してドイツに行くんです。彼に、そのことを伝えておきたい。会って話をして、気持ちにけじめをつけたい。たぶん、日本にはもう帰ってこないから、会えるとすればこれが最後の機会なんです。でも、こんな姿だと、こんな髪だと……」
 たしかに、髪はあまりいい状態じゃない。

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