二週間に一度、珠代さんは髪の毛を切りにやってきた。背中の真ん中まで伸びた自慢の髪をいつもほんの少しだけ揃えにくる。
「二週間じゃそんなに伸びないから、頻繁に来なくても大丈夫ですよ」と私が言っても、珠代さんは柔和な笑顔で受け流すだけで、やっぱり二週間たつと当たり前のようにやってくるのだった。
三十五歳と珠代さんは言うけれど、見た目はまだ大校生くらいにしか見えない。人当たりがよくて、恥ずかしがり屋さんのところが可愛らしかった。広告制作会社でグラフィックデザイナーの仕事をしているといっていたけど、そんなクリエイティブな仕事をしているようには見えなくて、和菓子屋さんでお団子を売っている方が似合うような優しい雰囲気の女性だった。
こんな娘がいたら私の生活ももっと違ったものになっていたかもしれない。珠代さんの髪を切る度にそう思っていたが、結婚もしないで老人になるまで働いてきた自分の人生に後悔はなかった。振り返ると、さびしさを感じないわけではなかったが、仕事一辺倒の私には家庭や子供を持った自分を想像することはできなかった。
私の経営する美容院『花』は小高い丘の上にあって、街を一望することができた。店は便利な街中にあったほうがお客さんも来やすかったのだが、私はこの丘からの眺めが気に入って、長年勤めていた街の美容院を辞めて二十年前にこの不便な場所に店を開業したのだった。
桜の木が一本と群生した紫陽花が店の横にあって、春には綺麗な花をつけるのでそこから『花』という店名にしたと思うお客さんも多かったが、実は私の名前が花だったので素直に自分の名前をつけただけだった。
開店当初こそお客さんが来なくて苦労したが、二十年もたてば珠代さんのような常連のお客さんも増えてくる。時を経ることでようやく丘の景色にも馴染んできたところだ。
桜の花が咲き始めた頃、珠代さんはいつものように髪を切りにやってきた。
「そろえる程度にカットすればいいのよね」
椅子に座った珠代さんの長い髪を梳きながらついでのように聞くと、どこか思いつめたような顔つきで首を横にふった。
「坊主にしてください」
「あら、出家でもするつもり」
冗談と思って言うと珠代さんは笑うこともなかった。
「彼にプロポーズされたんです」
珠代さんは恥ずかしそうに長い髪をいじりながら言った。
「おめでとう。そんな相手がいたなんて思わなかったわ」
「彼のことが好きなんです。でも断った方がいいと思うんです。けど断る勇気がなくって」
「だから髪を切って坊主にするっていうの」
「はい、嫌われたくって」
「彼はショートヘアが好きっていうわけではないのね」
「長い髪が好きみたいです」
私はわけがわからなかった。好きなのに嫌われたい。そのために彼の好きな長い髪を切って嫌われる、ということだろうか。
「相手の方が好きなら結婚してしまえばいいじゃないの」
「だって私は彼よりも十歳も年上なんですよ。彼には私なんかよりもっと若くて素敵な人が現れると思うんです。きっと将来後悔してしまうと思うから」
「歳の差婚なんてこのごろじゃ珍しくないでしょう。べつに気にしなくても」