唸ってはタップ。ページ戻してスクロール。クーポンは。タップ。ページ戻して……
「寝なくちゃ」液晶右上の時刻を見てぎょっとなる。ベッドに入ってスマホをいじりだしてから二時間ほどが経っていた。ヘアサロンの検索サイトを見始めたら、また止まらなくなってしまった。
二ヶ月前、私が中学生の頃から十年近くお世話になっていた美容師さんが、妊娠を機に引退することとなった。ほかのスタッフに引き継ぎもできたけれど、お店に行く度に彼女の不在を意識するのがいやで、思い切って美容室を変えることにした。私はその美容師さんが大好きだった。髪のケアやアレンジのイロハを教わり、思い返せば顔を覆いたくなるような恋の悩みなどを、恥ずかしげもなく相談したりしていた。実の姉であるかのように、慕っていたのだ。
そんな風に信頼のおける美容師さんと出会えるかどうかの不安と、そもそも美容室を探すこと自体が生涯で二度目なので緊張もあり、『予約する』をタップするのに躊躇してしまう。吟味に吟味を重ね過ぎ時間だけが過ぎ、最後に仕上げてもらったショコラブラウンの髪は重たく伸びて、根元は黒くなりかけだ。
脳に焼きついているのか、目を瞑ってもヘアモデルの画像がぽわぽわ浮かんでくる。時にクールに、時に愛らしい表情の彼女たちの煌めきは、どうにも眠気を押しやってしまう。退屈なことを考えようと、ずいぶん前に亡くなった祖父の、入れ歯未装着の顔を念じていたらいつの間にか眠っていた。
『あひちゅかえい。ゆうちゃんよ』
翌朝目覚めてカーテンを開けると、とてもいいお天気だった。おじいちゃんの夢なんて初めてだな。歯磨きしながら思う。何かというと『足使え』が祖父の口癖だった。
「使ってみるかあ、足」
その日から、私は仕事帰りに美容室巡りを始めた。気になったお店をリストアップして、その店先へ赴いて雰囲気を確かめようという目論見だった。
「直接目にしたらさ、ビビッとくるかもしれないじゃん」
「はあ。ようやるね」仲良しの同僚には呆れられた。
そうして、三日続けたところではやくも私はうんざりしている。大した収穫もなく、ビビッとくるどころか足は痛いし交通費はかかるしで散々だった。
「会社にスニーカー持ってこようかなあ」
「もうさあ、適当なトコ試して、いまいちなら次探しゃいいじゃん」唸る。私にはその「適当」の判断さえつかない。かと言って、当
てずっぽうで決めるのも癪だ。もっとこう、運命だとか縁を感じる出会いを、私は求めているのよう。恥ずかしいので心の中だけで訴える。
「あたしの行ってるトコ紹介しよっか」
「ううん、まだ頑張ってみる。ありがと」