1.
熊本の実家から家を出て半日。空港から乗ったバスの中から見えたスカイツリーは先週部屋探しのために来た時には曇ってて見えなかった頂上が姿を見せていた。
三月になったばかりの東京は地元よりも寒く感じる。
「まもなく終点、八王子、八王子」
到着のアナウンスが電車の中に鳴り響く。
太田栞はお気に入りの白いキャリーケースとリュックを持って席から立ち上がり、ドアの前に立つ。車窓から見える建物だらけの景色がきっといつか日常になる。頭では分かっていてもまだ実感がわかない。
ゆっくりと止まる電車、開くドア、流れる人の波。電車を降りて、右に向かえばいいのか、左に向かえばいいのか少し戸惑い、他の乗客が皆左に向かうのを感じて流れに身を任せるように左に歩き出した。連鎖する足音が私の不安を煽るかのように耳に響く。
階段を上り、改札に向かう。買ったばかりのICカードをかざすとき、しっかりと機械が反応してくれるか少しの不安はまだ私が田舎者である証拠のような気がした。
2.
「こちらがお部屋の鍵になります」
「ありがとうございます」
「こちらの内容を確認して、サインをお願いします」
「はい」
先週決めた部屋の鍵を受け取りに、栞は駅前の不動産屋に入っていた。
栞がサインを書き終えるのを待っていてくれたみたいで、栞の字を書き終えると声がした。
「先週は内見ありがとうございました」
話しかけられていると気づいて、書面に向けていた目線を上げる。先週内見を案内してくれた二十代後半に見える女性のスタッフが気さくな笑顔を向けていた。その時に名刺を貰ったけれど名前を思い出せない、首から下がっているネームプレートで新井美玖さんだと思い出した。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「お部屋気に入っていただけてよかったです」
「母が色々しつこく聞いて、なんか申し訳ないです」
「いえいえ、ご要望が分かりやすくて案内しやすかったですよ」
「そうですか」
「はい、それに自分の子供が離れた場所で一人暮らしをするのを心配するのは母親として当然ですよ。それが娘さんなら特に」
母と行った内見の時は事細かく、丁寧に部屋の案内をしてくれて、その時に彼女が地方出身であることを教えてくれた。
「今日熊本から来られたんですか?」
彼女は私の横にある白いキャリーケースを見る素振りをした。
「朝から出発して」