SOMPO認知症エッセイコンテスト

『つらさを毒舌漫才にかえて』飯森美代子

 母は76歳のとき脳梗塞に倒れ、左半身まひになった。当時まだ介護保険制度はなく、33歳の私は仕事を辞め、在宅で母の介護を始めた。介護生活は17年に及び、6年前にみとった。
 私は小学6年のときから母と二人暮らしだった。私はわがままで、母に歯向かってばかりいた。だから介護が始まったときは心を入れ替え、今度こそ恩返しをしようと決めたのだ。けれど、気がつくと不平不満ばかり口にしていた。「私の人生は母によって変えられてしまった」という思いが胸の内にたぎっていたからだ。

 母は認知症が発症するまで私の鬱憤を聞き流し、決して相手にしなかった。ところが認知症になると鎧を脱ぎ捨てるように心を解放し、思いの丈を吐き出すようになった。一たび言い合いが始まると、歯止めが効かない。親子だから言いたい放題。毎晩布団の中で猛省した。

 いつ頃からか、母は動きが悪くなった自身の体に号令をかけ、「イチ、ニッ、サン、イチ、ニッ、サン」と言い始め、それが口ぐせになっていた。
 その後、母は転びやすくなり、1人で歩くことに臆病になってしまった。私が後ろから見守って歩くのだが、やはり怖いらしく、危なくないか、と私に確認するため「いいか、いいか」と聞くようになった。それがいつの間にか短く歯切れの良い「いか、いか」に変化し、「イチ、ニッ、サン、いか、いか」になった。そこで私はひらめいた。「いか」に対抗できるものは「たこ」だと思いつき、「大丈夫だよ」の代わりに「シー、ゴー、ロク、たこ、たこ」と答えたのだ。
 これがターニングポイントだった。介護の辛さを笑いにすれば、気持ちが楽になることを知った。それからだ。親子毒舌漫才のような会話を面白がるようになったのは…。

 朝、母の髪を整えるとき「あれまぁ、また一段と髪の毛が危機的状態になってきたねぇ」と、私が言うと「お前が頭洗うたび毟るからだ」と言い返した。夜、ベッドに入ると母は「ありがとうございました」と言った。「ございました、ということは、もう死ぬということだね。最期のあいさつか」「バカ言え。そうそうくたばってたまるか」「えー、まだ生きるの」「当たり前だ。文句あるか」と一日中にぎやかだった。

 晩年の母は、夢と現実を頻繁に行き交うようになった。夜になると、ベッドで大騒ぎした。慌てて行くと「火事だー」と叫んでいる。私は母の肩を叩き、耳元で言う。「どこが火事なの」。母がパッと目を見開く。「こっちへ行こうとしたら、家事だって」「誰が言ったの」「みよちゃん」「えー、私言わないよ」「じゃあ、あの人だ」「あの人って誰」「カンイチさん」「カンイチさんて誰」「誰だっけ、忘れた。トヨキさんかや」「トヨキさんて誰」。一瞬ポカンとする母。そして、「あーボケちゃったー。イチ、ニッ、サン、イチ、ニッ、サン…」。あとは何を聞いても聞こえないふり。都合が悪いということは何となく分かるらしい。「カンイチさん」と言い、「トヨキさん」と言い、きっと母が若い頃に付き合った彼氏に違いない、とピンときた。
 また、あるときは母の大騒ぎに胸がキュンとすることもあった。「みよちゃん、みよちゃん、大変だー」の決まり文句に駆けつけると「お尻からオムツがでてきたー」と叫ぶ。「えっ、お尻の穴からこんな大きいオムツが出てくるんだー」。ジェスチャー付きで叫び返す私に、一瞬ポカンとする母。あれ、また余計なことを言ったかなと感じたらしい。次の瞬間、何事もなかったように涼しい顔で「イチ、ニッ、サン、イチ、ニッ、サン…」と《イチニッサン教》の教祖様になってしまう。私がベッドを離れると、今度は独り言のように小さい声で言う。「あっ、またおむつが出てきた」。その姿を見ていると、なぜか母がたまらなく愛おしくなり、思いっきり抱きしめたい心情に駆られた。
 そして最期の絶叫がこれだ。「みよちゃん、みよちゃん、大変だー」「どうしたー」「みよちゃん、お尻が、お尻が…みっちにっさん、おっしにっさん、にっちにっさん…」。母がパニックになっている。「みよちゃん」と「お尻」と「イチ、ニッ、サン」がごっちゃになっている。これはただ事ではない。私も慌てふためく。「お尻が、お尻が、どうしたの」。心臓がバクバクし、声まで震える。母はパニックのまま叫ぶ。「お尻が、お尻が、割れているー」。私は一瞬にして、その場に倒れ込んだ。筋書きのない親子コントだ。

 そして2日後の朝、母は黄泉の国へと旅立った。呼吸が止まる寸前に、くしゃみを5連発し、私の顔にたっぷりの唾を浴びせて…。母らしい愛嬌のある最期だった。
 23年前にあのまま息を引き取っていたら、私は母のことを何も知らずに終わっていたはずだ。介護したからこそ、母の人生や気持ちを知ることができた。
 願いが叶うのなら、もう一度母と毒舌漫才がしたい。淡い望みを胸に、仏壇に手を合わせる。「かあちゃん、今宵夢で逢いましょう」。