暗い街に赤い提灯が並んで灯っているのは、きれいだとは思う。
人が明るく、笑いながらあたたかな料理を囲んで楽しむのも、悪くはない。
だが、人にはどうしても苦手なものはある。
「あれ、佐倉さん、もうグラス、少なくなってるよ」
次が継がれないように、少し残しておいたが、どうやら今回、全く効果はなかったらしい。
「ほら、飲んじゃって!」
赤い顔をした取引先の社長がビール瓶片手に、俺に促した。
仕方なしに、俺はグラス底から二センチ残ったビールを飲み干す。
「すみません」
グラスを差し出すと「いい飲みっぷりだねえ」と機嫌よく社長は俺のグラスを満たした。
飲み会は嫌いじゃないし、接待も苦手な方じゃない。ただ、問題は、アルコールが苦手という致命的な体質だ。こうやって飲めるふりをして、苦手な酒を胃に流し込む。
これで5杯目。
「……すいません、ちょっとお手洗いに」
胃の入口の不快感をさとられないように、笑顔を浮かべて座敷から出る。カウンターの脇を通って、手洗いに直行。軽く戻す。
「……新人ホストみたいな飲み方してると、体壊すわよ」
背後から若い女の声がした。
口を拭うと、ショートヘアが似合う、スレンダーな若い女が立っていた。
「ここ、男女兼用だから」
「すみません、すぐ……」
譲ろうとして、もう一度、こみ上げてきて、また逆戻り。
女は呆れて俺の背中をさすった。
「そんなに飲まなくたっていいんじゃない?」
「……接待で。勧められると飲まないわけには。烏龍茶飲んでてしらけると言われても困るし」
「そういうもん?」
「そういうもんです。……ありがとうございます」
ようやくスッキリして、立ち上がると、俺は女に礼を言う。
「ふーん?」
女は少し考えているようだった。
「まだ、何か?」
「ねえ、それって酒ならなんでもいいの?」
「……まあ」
「じゃあ、これ、席に戻る前にカウンターの親父に注文してみて」
女はポーチからレシートの端を出すとサラサラと何か書きつけた。
「H・シャンディガフ。……これ、カクテルですよね」
「ジンジャーエール、嫌い?」
「嫌いじゃないですけど」
「ま、騙されたと思って」
女はそれだけ言うと、手洗いに消えた。