寡黙な親父だった。どんなことがあっても冷静で、決して人に弱みを見せなかった。背が高く、建築関係の仕事で鍛えた体は鋼のような筋肉で覆われ、誰が見ても屈強な男だった。
だけど、本当はそんなに強い男ではなくて、ただの負けず嫌いで、不器用で……僕にはその逞しい体に隠しきれない弱さが見えていた。
そんな親父も飲むと陽気だった。仕事で嫌なことがあって、険しい表情で帰って来ても酒を飲めば明るくなり、「まったく、あいつはこんなこと言うんだぜ、大バカヤローだろ、ハハハ」と、誰も聞いてないのに一人で大笑いして。
野球中継で好きなチームが勝っていると「いやぁ、今日は最高だ」などと、これまた一人でブツブツとやる。
大人にはこんなに楽しい気分にさせてくれる飲み物があるのかと、子ども心に不思議に思ったものだった。
「父ちゃん、これ何なの?」
「これはな、ホッピーていうんだ。焼酎で割って飲むんだ」
「え?ハッピー?」
「ははっ、ハッピーか、そうか。よしっ、これはハッピードリンクだ。ハッピーてのは英語で幸せって意味でな。飲むと幸せになれるんだ。子どもは飲めないから、広樹は大人になってからな」
頬を赤くした親父の持つ冷えたジョッキの中、シュワシュワと舞い上がる小さな泡が何か特別な力を持っているのだと信じて疑わなかった。
僕は大人になるのが待ち遠しかった。
節目の時にも、親父の手にはハッピードリンクがあった。
八月、僕の誕生日。「今日はめでたい日だな」と、よく冷えたハッピードリンクは真夏に喉ごしが良さそうだった。
小学校の卒業式。「お前も成長したな」と、親父はいつもよりゆっくりと、感慨深げにハッピードリンクを味わっていた。
親父が一番ハッピーだったのは、僕が野球推薦で地元の強豪校に入学が決まった時。
「三年後にはジャイアンツからドラフト指名されるかもな!」なんていつもに増して饒舌にハッピードリンクが進んだ。
その頃にはハッピードリンクの正体がホッピーと知り、なんとも酔っ払った親父が好みそうなギャグだと呆れたものだった。
姉が嫁ぐ前日。いつも酔うと陽気な親父と違い、縁側でホッピーを飲む後ろ姿には寂しさが滲み出ていた。
「なんか寂しそうだな」
「何言ってんだ、そんなことあるか」
「ならいいけど。俺も一杯もらおかな」