「俺、アソコで死んでたんだ」
隆史は空からデパートの屋上を眺めていた。その屋上には、恋人がいて、お年寄りの夫婦がいて、家族がいて、一人で空を眺める男の人がいて、遊具があって、光があたってて、なんとなく懐かしくてホッとできる空間だった。むしろ生の営みと結びつく痕跡のほうが多いくらいだ。
屋上遊園地にある観覧車に乗っていたから、すぐに街を見渡せる高さまで上がって、崖を飛び立った鳥の気分を味わえる。
体の大きな隆史が革カバンを横に置いて座ると、小振りゴンドラはもういっぱい。そこに妻の由美と、子供の勇太が並んでいるから、家族三人で膝をあわせるように乗っている。風で揺れた時に革カバンが座席からこぼれ落ちそうになったものだから、隆史はあわてて引き寄せた。
「死んだなんて、子供の前で言わないで頂戴」
由美はホッペを膨らませたが、隆史がそんなことを軽はずみに言う人でないことを知っていた。小学生高学年になった勇太は母親の気遣いなどに構わず、口を開けて下の方に走る日本の電車の車両を珍しそうに目で追いかけていた。
「ごめんごめん。俺さ、小学生の頃、蒲田に住んでただろ。その時に家族四人で町内合唱団に参加したんだ……て言っても、オペラとか難しいのを歌うんじゃなくて、童謡とか歌ってた。そもそも始まりが町内旅行でのカラオケだったから、ご近所さん中心に。そのうち子供も集まってきて、爺さん婆さんから子供まで参加する合唱団になったんだ。週末になると町内会館で練習とかいいながら皆でおしゃべりしてた」
「ふーん」
由美は、それと貴方が口にした負のワードとどんなかかわりあるのよ、という表情を見せてから、富士山の方へ視線を変えた。
隆史は妻の横顔を見ながら、もう興味なくしたのかと勘違いして話をやめようと思った。声を止めたら、由美が急に隆史の目を見て言う。
「それでどうしたの? ココであった事、聞きたいなぁ」