小説

『Born to Lose』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 20日後、奴は死んじまいやがった!
 1991年4月3日。ちょうど俺は20才だった。若く無鉄砲な俺にとって奴はヒーローだった。ジャンキーなロックンロールヒーローだった。ジョニー•サンダースが川崎のクラブチッタで、その日ライブをおこなう。
 俺はもちろんチケットを手に入れた。だが……

 小汚い夜の街の雑踏。ツンと酸っぱい匂いが行きかう人々の鼻をまげ、心まで横しまにさせる。甘ったるい匂いが埃っぽい大気に漂い、色づいた欲望をかき立てる。生臭い風が吹き、眠っていた暴力の衝動を俄然目覚めさす。
 入り組んだ路地裏にある、古いビルの地下へと降りる階段の途中でひとり、俺はぐったり下を向き、ビールを片手に座りこんでいる。上に着た、沢山のスタッドで武装したレザージャケットが、近頃じゃすっかり嫌になっていた。無造作に伸ばしごわついた長髪が鬱陶しい。ごついブーツが重い。
 階下穴ぐらのライブハウスからズンズンドンドンとクソうるさい騒音がもれ聞こえてくる。俺はオエッとえずいて、のどに通したビールを逆流させ、また飲み込んだ。胃酸とビールとが混じり合った酸っぱ苦い感覚が、俺の口の中に広がった。
 大変に気分が悪い。俺は薄暗い地下へと目をやった。閉鎖的で狭く小汚い穴ぐらのなか、何が楽しくてバカでかい音を出し、ノイズのような音楽を人前で演奏するのだろう。俺は首を横にひねった。それから自分をかえりみた。自分自身さっきまで大音量に爆裂ハウリングするエレキギターを滅茶苦茶にかき鳴らし、歌なのか叫びなのか何なのか、欲求不満をがなり散らしていた。そんな俺の演奏に、歌に、乗ってか、乗らずか、知らないが、客達は暴れ、タコ踊り、ステージにはい上がり、絶叫し、人の渦にダイブして両の拳をふり上げる。
 演奏を終え毎回ステージから下りるたびに、ひどい脱力と嫌悪が俺を襲った。そんな不愉快を味わう様なことをなぜ続けているのか、自分自身ちっとも分からなかった。ただ、やらずにはいられなかった。くだらない曲、くだらない歌、くだらない演奏、くだらないバンドだと自ら思った。だけどそのくだらない一つ一つが当時唯一、自分の生きている証明だと思えた。
 階段に座る俺の耳に、地下から突然、大音量がじかに響いた。ドアが開き、客がライブハウスの外へ出たらしい。人影が3つ薄暗い電灯に照らされて、おぼろに揺れるのが見える。
 しばらくして3人の若者が階段を上って来た。3人とも俺より若いと思われる。マリファナの甘ったるいような何とも言えない香りが、俺の鼻先を遊んだ。3人が3人、ジョイントを口にくわえ、Open The Doorとばかし、勘違いの扉を開けようと、まやかしの煙を吐いている。

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