8月期優秀作品
『妹なんか、捨ててきて』高瀬ユキカズ
「みーちゃん、痛い。髪、ひっぱらないで」
早紀は泣き叫んで訴える。
美優が早紀の髪の毛を引っ張っていた。
私が美優の指を開こうとするが、固く握られていて開けない。
「ほら、みーちゃん。お姉ちゃんが痛がっているから、手を離しなさい」
この姉妹はいつも喧嘩ばかり。本当に何度目だろう。
私はため息をつく。
美優はまだ三歳だからしかたがないが、早紀は来年小学校に上がるのだ。しっかりしてほしいのに、ますます手がかかるようになっていく。
掃除もしなければならないし、もうすぐ夕食の買い物にも行かなければならない。洗濯だってまだだ。やることが山積みだった。疲労感が積もりに積もり、すべてを投げ出してしまいたくなる。
強く髪を引っ張られて早紀が金切り声を上げた。
「痛いー」
「早紀もお姉ちゃんなんだから、そんな人形渡しちゃいなさい」
それでも早紀は意地になって人形を離さない。今回だけではない。六歳になった今でも簡単に自分のものを貸したりはしない。
美優は早紀の髪を引っぱり続ける。もう人形には目もくれず、欲しかったものを渡してくれなかった姉に対しての復讐心だけで動いているようだ。姉がなかなか人形やおもちゃを貸してくれないものだから、美優はいつも癇癪を起こしていた。
ようやく美優の手を開かせて早紀の髪の毛を解放したが、美優の気持ちは収まっていない。なおも姉の髪を摑もうと手を伸ばすので、その手を押さえつけた。
一方で姉は頭を押さえてわんわんと泣き喚いていた。
「痛い。あたまが痛い! もうみーちゃんなんか、いやだ。ほんとに、やだ!」
早紀は泣きながら立ち上がり、美優のことを叩こうと手を上げた。
だが、妹のことを叩こうとするたびに私は強く叱っている。だから学習しているのだろう。早紀はその手を下ろそうとはしない。いつも言われている「お姉ちゃんなんだから」。その言葉が早紀の手を止めているのだ。叩きたいのだけれど、叩けない。仕返しができない。不満を感じても早紀ができる反抗といえば口で言い返すことだけ。
「なんでみーちゃんなんて産んだの。妹なんていらなかったのに。みーちゃんなんかいらない。捨ててきて!」
手が出せないからだろう。時々こうしてひどい言葉を投げつけることがある。
一方で妹はいつも姉の髪を引っ張ったり、叩いたりしている。まだ美優は小さい。言ってもわからないのだから、こちらには軽く叱ることしかできない。