むかしむかし。
信濃の いわんだ村というところに 文六という名の百姓がおってな。若いけんど えらく働き者で 日がな一日 野良仕事に出ては せっせと野菜をこしらえて暮らしておった。
働けど 働けど いっこうに豊かにならん暮らし向きじゃったが 文六は何一つ 不平不満を口にせず 忙しく毎日を過ごしておったんじゃ。
文六の粗末な家と 畑を結ぶ 一本道のわきには 小さな地蔵様がまつられておってな。
文六は まいにち仕事へ向かうとちゅう 必ず立ち寄って 洗い立ての手ぬぐいで 地蔵様をよくみがき そうしてから 自分の頭にヒョイとかぶり
「今日も一日、いい日でありますように」
と手を合わせて 仕事に向かっていったんじゃ。
ほんに気持ちのええ若者じゃったから ある雨降りの晩のこと ひとりの僧が 突然やってきて
「道に迷うて難儀しております。すまなんだが、一晩泊めてくださらんか?」
と頼まれた時も 迷う事なく
「おぉそれはお困りでしょう! むさい所ですが、さぁさぁどうぞ上がってくだされ」
と言って ただでさえ少ない自分の食べ物を その僧に分け与え 自分は土間にゴロリと横になって 一晩明かした事があったんじゃ。
ところがあくる日 文六が目を覚ましてみると 僧の姿は どこにもあらず。汁の一滴まで飲み干された土鍋と 荒らされた米袋が転がっておったそうな。
「わっはっは! そりゃ文六どん、キツネにばかされたなも」
「ほんに文六どんは人が良すぎるからじゃぁ」
村人から 大笑いされた文六じゃったが 本人はいたって気にもせず ニコニコ笑いながら
「そうかぁ、あの坊さんはキツネだったか。でもまぁ腹いっぱいに食えたから、キツネもこれで満足したべ」
と かえっていい事をした と思った文六じゃった。
さて そんな文六に ある日 不思議な事が起こってな。
その日も 地蔵様に挨拶してから 畑仕事に汗を流しておったところ いつの間にか おてんとさんは頭の真上じゃ。
「おや、もう昼時か。ちょっくら木陰で休むとするべ」
文六はクワを置き 畑のわきにある 大きなカシワの木の下へ行くと ゴロリと横になって しばらくウトウト眠ったそうな。