7月期優秀作品
『夏のうたたね』ノザキマサコ
実家に向かうバスの車窓の向こうに安心感を覚える景色が見えてきた。
結婚して十年ちょっと、今の町でないと不便に感じる程住み慣れたとはいえ、やはり生まれ育った町には勝てない。
所々、見慣れない建物が建っていたり、元は何があったか思い出せない空き地が出来ていたりしていても、街自体は変わりなく私を迎え入れてくれる。
母が亡くなって、二年近く。
実家に一人になってしまった父のためだけではなく、この安心感に浸りたくて月に一度、私は実家に顔を出すようになっていた。
バスの中で、キンキンに効いているエアコンで凍えていた指先が、バスを降りた途端に血液が流れだしほぐれていく。
じりじりと照らす太陽と共にまとわりつく熱気が逆に気持ちいい。
夏の暑さは嫌いだが、この時ばかりはホッとする。
両端に今どきのお洒落な一軒家に挟まれて小さくなっているような古い木造家屋が私の実家だ。
この辺りは長屋だったのだが、実家だけは当時のままだ。
防犯的によろしくない簡素なカギで玄関を開け、
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
と声を掛けながら、もうずかずかと上がり込む。
ただいまだけでなくお邪魔しますと言うようになったのは、やはり結婚してこの家を出た礼儀のつもりだ。
(おとうさん、またパチンコか)
仕事人間だった父とは今まであまり関わっていなかったせいか、それともただただ私の性格なのか、父の居ない実家にホッとしていた。
仏壇に手を合わせ、そのままゴロンと横になる。
まだ賑やかだった子供時代のこの家と違いシンとした空気が少し寂しい気分に浸らせる。
そのままウトウトとしそうになるままに目を瞑った。
「いい加減起きてや!」
びっくりして上体を起こすと目の前に母がいた。
「もうーお母さんひとりでやってんで、ちょっとは手伝ってくれな困るわ!」
「おばあちゃんまたおなか空いてへん言いながらもう食べ始めてるねん。絶対いやみやわ。」
少し若く見える母が、イライラしながら私を睨んでいる。
となりの和室からはテレビの音が聞こえ、とっくの昔に亡くなったはずの祖母の背中が見えた。
(え…)
(どうなってんの???)
周りを見渡して、絶句した。
昔の仏壇、昔のテレビ、私の子供のころの景色じゃないか!
テレビの中には今では大御所になっているタレントの若い姿が映し出されている。
何が何だか分からなくなった私は、自分の姿をじっくり確認するために
「ちょっと顔洗ってくるわ」
そう言ってまだぐちぐち言っている母を後に洗面所に急いだ。
鏡の中には、ぽっちゃりして、まだすべすべの肌だった頃の私が居た。