6月期優秀作品
『おねえちゃんごめんね』広瀬厚氏
「おねえちゃん… ごめんね」
七海は胸から喉もとへ湧き上がった言葉を、ごくり飲み込んだ。
「あなたそこに置いたつもりなだけで本当は、ぽいっと別のどこかに置き忘れたんじゃないの?」
「お母さんひどい! 誕生日に若菜からもらったお気に入りのヘアピンよ。そんなぽいっと置き忘れたりなんて、わたし絶対しない」
朝、昨日洗面台の横の小窓の下に確かに置いたはずの、お気に入りのヘアピンがないことに気づいた虹希が、知らないかと母親にたずねた。母親は、普段勘違いでよく置き忘れをする娘に、今回もそうでないかと返した。
「七海わたしのヘアピン知らない?」と虹希は、そばで二人の会話を聞いていた妹にもたずねる。
「…… わたしも知らない。おねえちゃんお母さんの言ったとおり別のどっかに置き忘れたんでしょ」
ちょっと間を置いて妹が答えると、姉は「ふん」と短く不機嫌に鼻から出して、それ以上はなにも言わず身じたくを始めた。するとさっき七海の喉から出かかった思いは、どこかに消え失せ、それどころか、いつもちょっと意地悪な姉に対し「ざまあみろ」という気さえ起こった。しかしそのすぐ、やはり罪悪感が頭をもたげ、彼女の心をちくりちくりと痛ませた。それから彼女は宿題をしていないことを思い出した。今からやる気もおきないし余裕もない。きっと学校で先生に叱られる。七海のちっちゃな胸は不安と憂鬱でいっぱいになり、今にも張り裂けそうになった。
小学五年の七海は、中二の姉の髪を飾る、かわいい猫の飾りがついたヘアピンを見ては、うらやましく思っていた。
「おねえちゃん、わたしにもそのヘアピンちょっと着けさせてよ」
妹がお願いすると姉はきっと、友達からもらった大事なものだからダメだと言って貸さなかった。
「ねえちょっとだけだから良いでしょ。ねえ」
「ダメなものはダメ。しつこい!」
「おねえちゃんのケチ! ほんとちょっとだけだから、ねえおねえちゃんったら、ねえちょっとだけかしてよ、ねえ?」
「ほんと七海しつこすぎ! ダメって言ったらダメッ!」
しまいに七海はニヤリと笑って姉の髪をとめるヘアピンへと手を伸ばす。すると姉が怒る。喧嘩になる。飽きずにちょくちょくそんなやり取りが、姉妹のあいだで繰り返されていた。
虹希はどっちかと言えば妹をあまりかわいがるほうでなかった。妹が生まれたとき、母親を自分から取られてしまうと感じたのか、さびしい顔をしてみせた。姉らしく妹を、かいがいしく世話するようなことはほとんどしなかった。妹なんていないほうが良かったとさえ何度か彼女の口を出た。しかし妹は、おねえちゃんおねえちゃんと言って、いつも姉に寄り添った。それでも姉は妹を寄せつけなかった。が、やがて成長するにつれ二人の距離はちぢまり、それなりに仲良き姉妹となっていった。