6月期優秀作品
『言う』室市雅則
お母さんが再婚する。
それを知ったのはたった今。
相手はタッくん。
今、僕の斜め前でハンドルを握っている。
タッくんとは何度も会っているし、僕も好きだ。
お餅みたいにぽちゃっとしていて笑うと三日月みたいになる目が優しい。
僕にはお父さんがいない。
寂しかったことはあまりないけど、タッくんがお父さんだったら嬉しいなと思っていた。
半年くらい前にお母さんがタッくんを連れてきた。
すぐに僕たちは仲良くなった。
お休みの日には三人で出かけるようになった。
今日は、海辺の公園に出かけた。
とっても良い天気。
車を降りたら、お母さんが「紫外線がー」とクリームで真っ白にした顔を近付けて僕に青のキャップを被せた。それくらい自分で被れるのに。
タッくんは僕とお揃いの青のキャップのツバを後ろにして、キャッチャーみたいに被っていた。
そして、真っ青のシャツを着ているからまるで野球に行くみたいだった。
でも微妙にキャップの色とシャツの青が違うから、『ん?』となる。
タッくんはセンスがない(この前はでっかく『ABC』と書かれたTシャツを着ていた)
笑っているとタッくんは僕のキャップを掴んで、同じように逆さにした。
いつもならもっと笑わそうとくすぐってくるのに、今日は違った。
その被り方のまま芝そり(丘の上から見た海がきれい)を滑ったり、スワンボート(鯉がいっぱい)に乗った。日傘の下から手を振るお母さんは嬉しそうだった。
お昼はベンチでお母さんが作ってくれた『俵』のおにぎりを食べた。
この前の運動会の時もタッくんが来てくれたので三人でのおにぎりはそれ以来だ。
『三人で』と書いたのはこの前の遠足で僕はおにぎりを食べたから。
これについてはちょっと苦い思い出がある。
お母さんのおにぎりはずっと『俵』。