小説

『メリーさんの涙』桝田耕司(『メリーさん、口裂け女』)

ツギクルバナー

「もしもし。わたし、メリーさん。いま、コンビニの角にいるの」
「えっ? マジで? ごめん、いま、羽田空港。仕事が終わるまで、しばらく家には帰れないよ」
 メリーさんはスマホをポケットに入れて、財布を確認しました。深くせつないため息が、薄暗い夜空に消えていきます。
 メリーさんは、最寄りの駅まで歩いて、放置自転車を盗みました。前傾姿勢になって、全力でペダルを踏みます。
「もしもし。わたし、メリーさん。いま、羽田空港についたわ」
 息を整えてから、深呼吸をして、電話をしました。
「えっ? マジで? ごめん、いま、大阪のホテルだよ」
 メリーさんは、自転車で東京を脱出します。山を越え、谷を越え、山の上についた時に、自転車がパンクしました。
 もうすぐ日付が変わります。メリーさんは手をあげ、親指を立ててヒッチハイクをします。しかし、車は止まってくれません。メリーさんは、泣きながら歩いて山をおりました。
 もう、真っ暗です。明かりのついている家がありません。ドアをノックし、インターホンを鳴らしましたが、開けてくれません。泣きそうになりましたが、なんとか我慢して、公園のベンチで眠りました。
 朝早く起きて、歩きました。近くの駅で放置自転車を盗んで、急いで大阪を目指します。
「もしもし。わたし、メリーさん。いま、京都よ。もうすぐ、大阪に入るわ」
「えっ? マジで? ごめん、いま、東京の家に戻ったところだよ」
 メリーさんは、しばらく茫然と立ち尽くしました。あふれ出る涙をふき、気を取り直して、来た道を戻ります。
「もしもし。わたし、メリーさん。いま、あなたの家の前よ」
「えっ? マジで? ごめん、いま、成田空港。これから出張で、ニューヨークに行くんだよ」
 メリーさんの目に、涙が浮かびました。
「もしもし。わたし、メリーさん。もう、いいわ! あなたなんて、嫌いよ!」
 メリーさんは、スマホを地面に叩きつけかけて、思いとどまりました。
「あの頃は、よかったなぁ……」
 メリーさんは、ポツリとつぶやきました。
 その時、メリーさんのスマホが鳴りました。
「お姉様!」
 メリーさんは泣きながら、自転車にまたがりました。

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