小説

『ももも』柿沼雅美(『桃太郎』)

しばらく見ていると、キックバイクに乗っていた子が立ち上がり、走って玄関に入って行った。2人はそれを見て戻ってくるのを待っていて、あの子がこの家の子なんだと分かった。
車の中で、美和もかずくんも黙っている。
男の子が家から出てきて、またキックボードに乗り、私たちのほうへ向かってきた。思っていたよりも早いスピードで、停まったままの私たちの車を気にするでもなく横を通りすぎ、交差点の手前で止まり、またこちらへ走ってきた。
「ちょっと行ってくるわ」
私が言うと、美和が私の腕を持ち、かずくんは私の肩を持って、やめなよ、と焦った。
「何もしない、ちょっと話すだけ」
「いやいや、親退治じゃなくて子退治とかシャレにならんよ?」
そう言う美和の声を背に私は車を降りた。
ちょうど男の子が私の前を通る。
「ねぇ。おーい。ねぇってば」
二度目の、ねぇ、で男の子が振り向く。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
男の子は警戒するでもなく止まって私を見上げた。知らない人に声をかけられてもついて行っちゃいけないよ、と言いたくなる。
「あそこのおうちの子?」
つとめて優しく言うと、男の子はうん、と返事をした。停めたキックバイクの上でバランスをとるように左右の足を浮かせたり着地させたりしているのを見て、猿っぽ、と思った。
「お母さん元気?」
「うん、元気だよ!すぐ怒るけど。お姉ちゃんお母さんの友達?」
「そんな感じかな」
んなわけあるかい、と心の中でツッコむ。
「みんな仲良し?」
「うん!あのねぇ、来年妹が生まれるの!」
「あ…そうなんだ、すごいね。じゃあお兄ちゃん偉いからこれあげる」
私はショルダーバッグに入れていた桃の飴を5つ男の子の手のひらの上に置いた。小さなむちっとした手のひらだった。
「いっぱいだ。いいの?あ!ちょっと待ってて!」
男の子は飴を握って走り出し、家の前に戻り、玄関に入って行ったようだった。
2,3分待っていると男の子がまた走ってきて、両方の手出して!と言った。私が手を出すと、男の子はブルーの巾着袋をひっくり返した。私の手の上に金貨と銀貨のチョコレートと宝石の飴が転がり、陽に当たって一回光った。
「え、ありがとう」
「とりっくおあとりーと、だよ」
男の子はそう言って、キャッキャと笑いながら、またねー!と走って行った。
それはクリスマスでもお正月でもなくハロウィンだよ、と猿みたいに走っていく子を見てつぶやいた。幸せそうだな、と思った。
振り返ると、車の中から、かずくんと美和が見たことないくらい心配そうな顔で降りて来た。
「金銀財宝もらってきた」
そう言うと二人は力が抜けたように静かに笑った。おじいちゃんとおばあちゃんは今日のことを知ったら喜んでくれるだろうか。
帰ろ、と言うと、かずくんが車のドアを開けてくれる。小さい声で、幸せそうだった、と言うと、ももも幸せになるんだよ、と微笑んだ。
真上の空が青々と晴れ上がっていた。

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