くったくのない結花の顔を見て隣の大野がほっと息をついた。
「そうだ、わたしも物々交換手伝おうかな」
「あ、ぼくも」
「でも、これからふたりでお誕生日のお祝いをするんじゃないの」
「終わってからでもできるよ。ねえ、このバラの花束の花を交換した物に一本ずつつけて渡しましょうよ。お花がなくなったら終わりにしましょう。そのあとファミレスに行ってみんなでおいしいパフェでも食べてお祝いよ」
結花はくったくのない笑顔で言うと、朱美が断る間もあたえず、道行く人に声をかけ始めた。
「このスケッチブックをあなたの持っている物と交換してくれませんか。なんだってかまいません」
元気な声で結花が声をあげると、すぐに歩いていた老人が立ち止まって包装紙に包まれ新品のハンカチを差しだした。
「二枚買ったんだよ。一枚は孫のために、一枚は自分のために買ったんだけど、自分のハンカチはたくさんあるから、それと交換しておくれ」
スケッチブックはあっという間にハンカチになった。大野はバラの花束から棘の削られた花を一本抜き取ると老人に手渡した。
その後もハンカチは眼鏡ケースに、眼鏡ケースはポテトチップスに、ポテトチップスは折り畳み傘に、いくつもの物に交換されていった。交換のたびに大野はバラの花を一本ずつ配っていたが、それが最後の一本になったときに交換された物は、未使用のHBの鉛筆だった。朱美が物々交換をはじめた最初の鉛筆と同じ物であった。
「こんなにたくさんの品物と交換したのに、また最初とおなじ鉛筆にもどっちゃった」
朱美は肩を落しながら言った。
「鉛筆なのは同じかもしれないけど、交換した朱美ちゃんは、見かけは同じでも中身は最初と違うんじゃないんじゃないかな」
大野が言うと結花も同意するように続けた。
「少なくても学校の朱美ちゃんと、ここで物々交換をしている朱美ちゃんは同じ人じゃないみたいだったよ」
「人見知り、克服できたのかな」
朱美はおそるおそる聞いた。
「そんなことはわからないけど、もし克服できていなかったら、また物々交換をすればいいだけじゃない。私らも手伝ってもいいしさ」
「ありがとう」
「ああ、楽しかったね。さあ、パフェを食べに行こう。ねえ、そう言えば朱美ちゃんの誕生日は明日なんでしょう」
「知っていたの?」
「当たり前じゃない。クラスメイトなんだから。やっと話ができたんだから、明日からもたくさん話そうよ」
「うん」と、朱美は満面の笑顔で頷いた。
となりにいた大野はふたりの女子に取り残されたように頭をかいていた。
朱美はHBの鉛筆を胸のポケットに差し込むと、結花と並んで歩きだした。その後ろから大野が「おかしいな、誕生日デートのはずなんだけどな」と、不満げに言いながらも嬉しそうについてきていた。
明日の昼休みはお弁当に誘ってみよう。
朱美はまっすぐに結花の目を見つめながら駅前の広い道を歩いていった。