「ほんと、仕事できねーな。今まで何してきたの?」
そんな折に吐き捨てるように言われた十も年下の上司の言葉だった。
死のう―
そう決意した夜の街で出会ったのが、このレストランだった。
和樹はコートの袖で乱暴に涙を拭うと、最後に違いない扉を開けた。そこは外だった。さっきまで雲に覆われていた満月はすっかり顔を出し、いつもの夜よりも明るかった。
和樹はコートの内ポケットから携帯を取り出した。
「お袋……あぁ、俺。久しぶり、だな。あのさ……今週末、帰っていいかな?」
電話の向こう、母親は「季節の変わり目だから、風邪引いてないかい?」と言った。「相変わらず、口うるさいな」と、和樹が笑う。
いくつになっても親は親、子は子なんだなと、和樹は思った。
どうやら、このレストランで空腹が満たされることはないらしい。満たされるのは訪れた者の心のようだ。
吹き抜けた風が金木犀の優しい香りを和樹に届けた。