受賞作品:
『恋人がゾンビになってしまったら』乘金顕斗(『山月記』)
受賞理由:
高校の国語の教科書でお馴染みの名作『山月記』。なかでも、<臆病な自尊心>と<尊大な羞恥心>というフレーズはよく知られています。この2つの感情に飲み込まれた『山月記』の李徴は虎になってしまったわけですが、受賞作の「修ちゃん」は、タイトルどおり、ゾンビになってしまいます。劇団を立ち上げたものの、脚本家としても、役者としても、周りの仲間たちの成長についていけなかった修ちゃん。行き場の無い承認欲求を抱えていた彼が、自分を見失った成れの果てーーそれが、ゾンビだったのです。
詩の才能が認められなかった李徴に対して、修ちゃんの苦悩はより複雑でした。才能がまったく評価されなかったわけではなく、自らの意図せぬ方向には認められてしまったからです。「やりたいこと」と「できること」、「評価してほしいこと」と「評価されること」。そのギャップに直面した彼の苦悩は、誰にとっても切実に感じられるものではないでしょうか。そして、自らの意思ではなく、他人からの思わぬ評価によって生きがいをもたされてしまった彼が、「何者か」になるために、いつのまにか暴走してしまう姿は、現代のさまざまな出来事を想起させます。「普通」の人でも、きっかけさえあればゾンビ化しうる世の中がいまなのかもしれません。
けれども、この物語は悲劇では終わりません。李徴は最後まで孤独でしたが、修ちゃんには、終始彼に温かい眼差しを注いでくれる存在がいたからです。それが、今作のように恋人であっても、あるいは、家族であっても、友人であっても、名前のつけられない関係性の相手であったとしても、誰かが、何かがいてくれたら、きっと人は甦ることができる。そんな希望を感じさせてくれる作品でもありました。
なお、受賞者の乘金顕斗さんは、これまで、ノリ・ケンゾウ名義でブックショートアワードの最終候補に4回選出されています。昨年から改名し、このたび5回目の最終候補選出にしての受賞となりました。