小説

『火垂』和泉直青(『雪女』)

キシキシと鈍い音を立てて、ボートは水上を進んでいく。
やがて深い霧に包まれると、火男は、私を強く抱きしめた。

突然の事に、私の吐いた息が火男の瞼にかかってしまった。
きっと火男は失明してしまったに違いない。私の息吹は、それはとても冷たいものだから。

火男は片目を閉じながらも、私に笑顔を見せてくれた。
この湖の水底で火男と心中できれば、どれほどに美しい人生だろう。

私は火男を愛し始めていた。
そう、実感していた。

私は一人、湖に飛び込んだ。私は、火男を道連れにする事はできなかった。

火男はとても悲しい顔をして、水の底に沈みゆく私を見ていた。
そして、突然、火男は自分の蓑にまとわりついている火の玉を手で払い出した。
それは、とても「意志」のある行動に見えた。

水中から火男を見上げると、火男は炎に包まれて、まるで蛍火のように輝いて見えた。
やがて火の玉は散っていくと、火男は消えていた。

私の意識は、徐々に闇に包まれていった。
私の視界には、虚空に舞い上がっていく残り火だけがうすぼんやりと見えて、
やがて、恋の様に消えていった。

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