小説

『俺は卑怯者』渡辺鷹志(『桃太郎』)

 三人がニヤニヤして俺のほうを見ている。本当に嫌な奴らだ。
「何の用だ?」
 俺は繰り返し訊いた。繰り返すがこいつらの用件などわかっている。

「いやー、ちょっと入り用でねえ。金銀を少し分けてくれよ」
 こいつらは、あれ以降、毎年、いや最近では毎月俺のところにやって来る。そして、金銀をせびってくる。いや、もはやゆすりだ。
 俺は無言で手元にあった金銀を渡す。
「やっぱり英雄は違うねえ」
「いいなあお金持ちは」
「また来るぜ」
 奴らは金銀を受けとると、さっさと帰っていった。

 これが鬼を退治した英雄、桃太郎の現在の姿だ。
 周りからはいまだに英雄扱いされているが、真実は卑怯かつ残忍な方法で鬼を倒して、それをネタにして金銀をゆすられている、どうしようもない奴だ。

 物語なんかだとこんなときに、
「村のみんなに真実を話してみんなに謝る」
「ゆすりを続けるあいつら三人の口を封じる」
「後悔の念で自分の命を絶つ」
 なんてことをやっているのを見たことがある。

 しかし、情けない話、ダメな俺にはそのどれもできそうもない。
 今さら俺の口から村の人に真実を話すことなんてできるはずがない。
 あの三人の口を封じるなんてこともできないだろう。
 そして、自分の命を絶つなんてこともできない。

 結局、このまま毎日、真実を話すこともできず、英雄を演じ続けるのだろう。あいつらにもゆすられ続けるのだろう。
 こんなダメな俺にできることは、ひそかにお前に謝ることだけだ。

「鬼よ、本当にすまなかった。俺は卑怯者だ……」

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