小説

『俺は卑怯者』渡辺鷹志(『桃太郎』)

 雉田と犬伏は、落とし穴に落ちた鬼の頭上から、鉄の棒で容赦なく殴りつけた。何発も何十発も力の限り殴りつけた。その様子は、鬼とどっちが悪者なのかわからないぐらいの残忍さだった。
 しかし、力の限り殴り続けてきた二人も、さすがに何十発も殴ると息が上がってきた。やがて、疲れて腕が上がらなくなってきた。二人の動きが止まる。
 すると、一方的に殴られっぱなしだった鬼が動き出した。
 相当殴られてかなりのダメージがあったはずだが、奴はそれでも落とし穴から必死に這い上がってきた。

 穴から出た奴はふらふらしながらも俺に向かってきた。その目は怒りに満ち溢れていた。
 俺はその表情に一瞬たじろいだ。
 そのとき、
「桃ちゃん」
 猿山が何かを投げてきた。俺はそれを受け取った。
 それは刀だった。
「それでとどめを刺せ!」
 俺は刀を抜いた。
「早くそれでこいつをぶった斬れ!」
 雉田と犬伏も叫んだ。
 もうほとんど動けなくなった鬼が、よろよろとした足取りで俺に向かってくる。

 そのとき、
「そいつを倒せばお前は英雄だぞ」
 猿山がささやくように言った。

 英雄……俺は鬼を退治すると宣言したときの村人からの歓声を思い出した。
 俺はそんなに英雄になりたかったのか。今となってはわからない。だが、俺は猿山のそのひと言で覚悟を決めた。

 俺は思いっきり刀を振り下ろした。そして、鬼を斬った。
「卑怯者……」
 それが鬼が発した最後の言葉だった。
 鬼は息を引き取った。

 それが鬼退治の真実だ。

「桃ちゃん、また墓参りかい?」
 鬼の墓の前で手を合わせていると、後ろから奴の声がした。猿山だ。
 体の大きな二人の男もいっしょにいる。雉田と犬伏だ。
「よう、英雄。どうだい最近の調子は?」
「もう何年も経ったってのに、桃太郎は相変わらず人気者だよなあ」
 俺は振り返った。
「何の用だ?」
 俺は表情ひとつ変えずに訊いた。訊くまでもなく用件はわかっていたが。
「桃ちゃん、冷たいねえ。秘密を共有する仲間に向かってその態度はないよね。一人で鬼ヶ島に乗り込み素手で鬼を退治した、ということになっている英雄さん」

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