小説

『盗るが先か、死ぬが先か』霜月透子(『うさぎとかめ』)

「わからねえよ。わからねえけど、口をきいたことのある人が死ぬだなんて後味悪いよ」
「さっきは私が死ねば盗みがばれずに済むって言っていたじゃない」
「さっきは、ほら、まさかそんな理由で死のうとしてるなんて思わなかったし」
「理由次第なの?」
「いや、そうじゃないけど」
「死ぬのやめたら、あなたのこと通報するわよ?」
「だよなあ」
 素直に頷く様子に、男の空き巣としての今後が心配になる。空き巣の資質ってものがまるでない。男のためにもここの仕事は私がいただくべきだろうと思った。
「私は死にたい、あなたは私の口を閉ざしたい。利害は一致していると思うけど? 今すぐあなたが出て行けば万事解決じゃない? あなたがこの部屋に入ったのも、出て行くのも、調べればきっと目撃者が見つかるわ。私の死亡時刻以前にわざと目撃されてアリバイを作っておくのもいいかもね」
 男は必死で頭を巡らせている。もうひと息だ。
「私が死ぬのが早いか、あなたが出て行くのが早いか。」
 私が散らばったラムネ菓子を両手でかき集め、そのまま口元へと運ぶと、男は慌てて部屋を飛び出した。
 他愛もない。
 私はラムネ菓子を容器に戻すと、本来の仕事に取りかかった。
 しかし、目ぼしい収穫もないうちに近づくサイレンが聞こえ、手を止めた。思わず逃げる算段をしたが、よく聞けば救急車のサイレンだ。
 安心したのもつかの間、救急車はアパートの目の前で止まった。それからすぐに玄関が開かれた。
「大丈夫ですか!」
 救急隊員が駆け込んでくる。私の手からささやかな収穫物がこぼれ落ちた。私の様子を見て戸惑う救急隊員の背後から警官が姿を現した。警官も一瞬驚いた顔をしたものの、すぐさま状況を理解したらしく、次の瞬間には私の両手を背に回していた。完全に動きを封じられた私の前に、別の警官に付き添われた男が現れた。あの男だ。
「よかった……」
 よかった? 私が顔をしかめると、警官が言った。
「この男から通報があったんだよ。盗みに入ったら自殺しようとしている女がいったってな」
 警官が私の両腕を更にきつく締め上げる。
「勝ち逃げできなくて残念だったな。署まで来てもらおうか」
 例の男は手錠をかけられているくせに心底安心しきった顔をしている。やっぱりこの男は空き巣の資質が欠けているじゃないか。そして、そんな男に負ける私も。そう思ったら、途端に笑いがこみ上げてきた。

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