ホントにおかしくなれたら、どんなに楽だったか。山寺は正気を保っていた。愛する妻と、誕生を待ちわびていた我が子を、自分の足で蹴り殺した後でも。妻の腹部にくっきりと刻まれた足跡と、どこか自分に似た嬰児の死に顔を見ても。
山寺は、看守には聞き取れない位の小さな声で歌い続ける。
山寺の、和尚さんは、毬がお好きで毬は無し、
涙が溢れる。
猫を紙袋へ へし込んで、
ポンと蹴りゃ、ニャンと鳴く・・・
あの子は生きてた。だって泣いたんだ。俺はあの子の産声を聞いた。
んぎゃあ、んぎゃあ、んぎゃあ。
山寺は極刑になるだろう。
山寺が紙袋を流したあの川を、一匹の雄猫がじっと見ている。
愛する妻と我が子の面影を、水面にゆらゆら追っている。