受賞作品:
『シャフリヤールの昼と夜』里中徹(『アラビアン・ナイト』)
受賞理由:
ブックショートアワードの第5回大賞作品には、里中徹さんの『シャフリヤールの昼と夜』が選ばれました。
受賞作の元になった作品は『アラビアン・ナイト』。妃に裏切られた王様シャフリヤールに、宰相の娘シェヘラザードが夜な夜な聞かせたというさまざまなお話を編んだ物語集です。自らの命を守るため、千一夜にわたってシェヘラザードの口から語られたストーリーひとつひとつも、二次創作の題材として魅力的ですが、里中徹さんは、その構造を活かして、新たな物語をつむぎ出しました。
シャフリヤール同様、受賞作の主人公は、妻の不貞を知ります。彼は、しかし、かつての暴君のような愚行を行うことはありません。自ら妻のもとを去りーー愛する娘の親権も妻に譲りーー一人で暮らすことを選んだのです。彼のささやかな癒しは、二ヶ月に一回程度面会する娘とのひとときでした。けれども、主人公は、いつも娘にたいして遠慮がちな態度です。彼は、必ずしも順風満帆とは言えない人生のなかにあって、他人を責めたり、誰かを憎んだりすることがない代わりに、自己主張をひたすら控えているように見えます。
そんな無色透明な男の生活に彩りを与えてくれたのは、彼が毎週金曜日に利用する出張サービスで働くミズキさんという女性でした。彼は、彼女が語ってくれるお話に興味を引かれるとともに、彼女自身にも惹かれていきます。二人の夜は、父娘の関係に変化をうながすきっかけにもなりました。そして、ある金曜日。小さな事件が起こります。そのことが、彼にもたらしたのは、二人の女性との関係の更新でした。
残虐なシャフリヤールが、シェヘラザードと過ごした時間によって、人間らしさを取り戻したように、この物語の静かな主人公は、女性と出会うことで、一歩前に踏み出す勇気を持つようになります。人に裏切られ、なにかを諦めていた人間が、人とのつながりによって、ことばを交わすことによって再生していく。そして、つながり方は人それぞれ。そんな普遍的なテーマを描いた『シャフリヤールの昼と夜』が、今回の大賞受賞作品です。