小説

『終活に忙しいのです』サクラギコウ(『死ぬなら、今』)

 そうか助かったのか、と思ったがすぐに
「おまえさんは、ほぼ地獄行きだからね」
と船頭が言う。地獄と聞いた純一郎は驚きアタフタし始める。
「おまえさん、金貸しやってたんだろう?」
「そ、それほど阿漕な金利を取っていたわけじゃありません!」
「まあ、そのへんのところは閻魔大王がお決めになる。今大王は留守だから、ちょうどいい。3か月後においで」
 地獄と聞いた純一郎はもう気になってしかたがない。3か月の猶予を貰ったが地獄は怖い。文字通りの地獄のような苦しみをエンドレスに味わい続けるのだ。体を引き裂かれたり、鋸で切られたりするのだ。舌を抜かれ釘で打ち付けられるとも言われている。人を殺めたことはないが、金の取り立てで自殺に追いやってしまった男がいる。小地獄くらいへは落とされるかもしれない。それでも地獄は怖い。
 船頭は「じゃ」と言って櫓をこぎ始める。
「それと、渡し賃の300万円、忘れないように!」
「300万! そんな阿漕な!」
「そのぐらいは払わんとね、金貸し業で稼いだんだからさ」
 船頭はにんまりとして
「それから、持ってきた金、偽金かどうかチェックするからね」
「じゃ、3か月後に」とぎこぎこと向こう岸へ櫓を漕いでいった。
 自分は天国へはいけない。地獄行きだ。自殺に追い込んだ男の顔が浮かんだ。病気を我慢して死んでいった女房の顔が浮かんだ。地獄は怖い。なにより天国にいる女房に逢えない。

 純一郎は今、病院のベットで寝ている。金縛りにあったように動けなかった。人生で初めての入院だった。枕もとで息子たちの声がする。葬儀の相談だ。
「俺はまだ、死んでないぞ!」
 力を振り絞って眼を開けた。3人の息子たちの顔があった。純一郎をのぞき込んでいた。
「生き返った!」
 息子たちが驚いている。
 純一郎は「まだ死なん、まだ死んでない!」
 と声をふり絞って叫んだ。

 3か月の猶予をもらい奇跡的に回復した純一郎は、地獄へ行かないための指南書を探し読み漁った。指南書には善行をすれば徳が得られる。徳の高い人は天国へ行かれるとあった。
 金は十分にある。三途の川原の渡し賃300万だけ残して、すべて善行のために使い切ってしまおう。
 葬儀屋に行き葬儀の予約をした。墓地を探し最高級の墓石を購入した。お寺に付け届けも済ませた。葬儀に参列してもらう500名分のリストも作成した。あとは善行をするだけだった。

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