「そんな……お母さんはコリキが死んで悲しくないの? 僕は嫌だよ! コリキと一緒にずっとこの家で暮らしたかったよ! 横浜なんて僕、行きたくない!」
お母さんは包丁を手に持ったまま、呆然と僕を見た。
「祐樹……」
ひどい、ひどいよ。お母さんだってコリキのことを、すごく可愛がっていたはずなのに。あんな酷いことを言うお母さんなんて大嫌いだ。そして僕とコリキを引き離そうとするお父さんも大嫌いだ。
サイドボードの上に飾られたコリキの写真が、じっと僕を見つめている。僕はそのまま自分の部屋に篭り、布団にもぐって泣いた。
ふんふんと、湿った温かな息が顔にかかる。あれと思った瞬間、濡れた鼻先が僕の頬に触れた。
「コリキ……?」
目を開けると、そこには元気そうなコリキの姿があった。毛布の上にぐったりと横たわっていたコリキではなく、もっと僕が幼かった頃の若いコリキだ。コリキは僕の顔を覗き込みながら、長い舌で何度も舐め上げた。
「コリキ、生きてたんだね! 死んだなんて、嘘だったんだね!」
僕はコリキの体を思い切り抱きしめた。柔らかな毛並みと懐かしい臭いが、僕の体をそっと包み込む。コリキの体は、とても温かかった。
「もう離れないからね……僕たちはこれからも一緒だよ。ずっとずっと」
コリキは嬉しそうに激しく尻尾を振りながら、僕の顔をぺろぺろと舐め続けた。
「祐樹……ごはんだよ」
おばあちゃんに揺り起こされて目を開けると、窓の外はすっかり暗くなっていた。どうやら泣きながら眠ってしまったらしい。時計を見ると、時刻は夜の七時をまわっていた。
「うん……」
体にはまだコリキを抱きしめたときの感触が、生々しく残っている。僕は腫れぼったい目を擦りながら、ベッドから下りた。台所からカレーの匂いがする。その匂いを嗅いだ途端に空腹を感じて、お腹がぐうと鳴った。
ダイニングテーブルに座り、もくもくとカレーを口に運ぶ。僕は何も喋らなかったし、おじいちゃんも、おばあちゃんも、お母さんも、みんな無言のままだった。なんとなく重苦しい空気が部屋の中に満ちていて、胸が苦しい。こんなときコリキがいてくれたら……と、思わずにはいられない。まるでたくさんの小石を飲み込んだみたいに、喉の奥が苦しくなった。
そのとき、リビングに置かれた電話が鳴った。
お母さんがあわてて席を立って、受話器を取る。電話はどうやらファックスだったみたいで、お母さんがボタンを押して受話器を置くと、少ししてびりびりと音を立てながら何かが送られてきた。
「祐樹、お父さんからファックスきてるわよ」