小説

『あなたは人形』中杉誠志(『人形(文部省唱歌)』)

 あたしは、そんなママが好きだ。ほんとに憧れてる。家事も仕事もそつなくこなす。声もきれいで見た目もきれい。化粧すればなおきれい。ママの成人式のときの写真をたまたま見つけたときは「うわ、すっげえ美人……」って、思わずつぶやいてしまったくらいだ。その画像はスマホの壁紙にしている。
 友達には「マリコはマザコン」っていわれる。でも、いうほどマザコンじゃないと自分では思う。だって、みんなだって、かわいいネコとか、好きなアイドルの画像を壁紙にしてるじゃん? それとなにが違うの? あたしゃただ、昔のママが、それも化粧してるハタチのママがすげえ美人だから、それで目の保養してるだけだ。いうほどマザコンじゃない。マザコンはマザー・コンプレックスの略で、コンプレックスは和訳すると複合感情。あたしはママにそんないくつも感情なんて抱いてない。ただただ好きっていう、これ以上ないほど純粋な感情だけだ。どっちかっていうと、マザーピュアラブだろう。よってあたしはマザコンじゃない。QED。証明終了。
 まあ、コンプレックスだろうがピュアラブだろうが、自分の母親に対して、過剰な愛情を向けてしまっているっていうのは認めよう。でもそれは、うちが片親家庭だっていう、れっきとした事情がある。我が家には父親がいない。いたことがない。ママは結婚せずにあたしを産んだ。父親がどこの誰かは知らない。ママも教えてくれない。「昔付き合ってた人」としか聞いたことがない。
 ようするに、あたしはラブチャイルドだ。私生児。でもそれを引け目に思ったことはなかった。だって、ママの年収はサラリーマンの平均収入の倍以上あるし。共働きの世帯より全然裕福だ。しかも家族ふたりだから支出も少ない。ママは普段から化粧をしないような人だからムダに高い化粧品なんて買わないし、服もバッグもめったに買い換えない。べつに倹約してるわけでもないのに、貯金は増える。お小遣いは毎月五千円ずつくれるけど、あたしもそんなに物欲ないから、お金使わない。せいぜいコンタクトレンズ買うくらい。それだってママが自分んとこの会社で作ってるやつを割引で買ってくれるから、普通に買うより安い。最近した一番大きな買い物は、歯の矯正だけど、いまもつけてるこの矯正器具も、ロボット技術を応用したやつで、ママの会社の商品だ。社員割引されてもそこそこしたけど、あたし自分のお小遣いからキャッシュで払ったよ、キャッシュで。貧乏人諸君、すまんな! うち、シングルなのにめちゃくちゃ金持ちで、すまん! わはは!
 そんなわけで、むしろ優越感がある。その優越感の源はママなんだから、あたしがママに感謝するのは当然だろう。そんなママのことを嫌いになるわけがない。ラブチャイルドどころか、ラブラブチャイルドだ。それでもマザコンっていわれるなら、もうマザコンでいいよ。あたしマザコンだよ。ああそうだよ、マザコンだよ、文句あっか!
 そういやあたしがマザコンすぎて、あたし=ロボット説が蔓延したこともあったっけ。噂によると、なんでもあたしのママは、人間に似せた精巧なロボットを作ったらしい。でもって、それがあたしらしい。
 それ聞いたときは、普通に、アホくさ、って思った。
 だってあたし人間だし。ケガもすれば病気にもなる。

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