小説

『桃缶』間詰ちひろ(『桃太郎』)

 ひとり暮らしのまどかに、インフルエンザの辛さがぴしぴしと襲いかかる。のどが渇いても、お腹がすいたとしても、何もかも自分で用意をしなくちゃいけない。「はいはい」と、だれも持ってきてはくれないことはわかっているけれど「のどが渇いたよー」と呟いてみる。熱を帯びたあつい息をふうっとはきだした後、まどかはベッドから重い身体をずるずるとひっぱりだした。冷蔵庫の前まで身体を引きずる。扉を開けることすら一苦労だ。冷やしてあったミネラルウォーターのペットボトルに口をつけ、のどを潤した。
「なんか、もっと買っておけば良かった……」
 冷蔵庫の中身は品切れ状態で、ろくなものは入っていない。かといって、米を炊くことはおろか、コンビニに買いに出かけることすら億劫だった。外はずいぶん明るくて、お出かけ日和のようでチラチラとカーテンの隙間から光が射しこんでくる。けれど、その差し込む光にすら、まどかはうんざりする。
 身体の節々が痛みだし、とにかく寝るしかないと、ベッドに戻ろうとしたとき、ふとまどかの目に留まるものがある。実家の母親から送られてきていたダンボールだった。
「そういえば、また何か、送ってくれたんだっけ……」
 まどかが大学生になり、ひとり暮らしを始めると、実家から時々食べ物や雑貨が送られてきていた。送料の方が高くなるし、どこでも買えるものは送ってこなくていいよと、まどかはすこし迷惑そうに伝えていた。けれど、母はまどかの言うことには耳をかさずに「せっかく送ったんだから使ってね」とマイペースに、荷物を送ってくれていた。
 数日前に届いていたダンボール箱を開けてみようと、まどかは床にぺたりと座る。たいしたものは入っていないだろうと、ガムテープを開けていなかったことすら悔やまれる。しっかりと封をされたダンボールと数分間格闘した後、ようやく箱を開く。ぱっと目につくのは、カップ麺やカレールウなど、わざわざ送ってこなくてもいいようなものばかりだ。相変わらずお母さんは話を聞いてくれないな……と、まどかは少し顔をしかめた。他には何が入っているのかと、カップ麺をどかしてみる。チョコレートのお菓子などにかくれ、箱のいちばん底には、桃の缶詰が入っていた。まどかは桃の缶詰を手に取った。幼い頃、風邪をひいて熱を出すと、決まって桃の缶詰を食べさせてもらっていたことをふと思い出したのだった。

 まどかは幼い頃、身体が弱く、ひんぱんに熱をだしていた。お医者さまの診断では、まどかは扁桃腺が腫れやすい体質だということだった。疲れがたまると扁桃腺が腫れて熱が出てしまうのだという。もちろん風邪をひいたりしても、喉の痛みとともに、まどかはすぐに熱を出した。ふぅふぅとあつい息を吐き出しながらふとんの中に包まっていることが多かった。
 まどかが熱をだしていると、まどかの母親は決まって缶詰の桃を食べさせてくれていた。
「ひとくちでも桃を食べなさい。そうしたら、まどかの身体の中で暴れたり、悪さしているヤツを退治してくれるから。ね? これで、もう大丈夫」

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