人間はややこしいと、少女は思う。そしてそういう気持ちを積もらせる為に、また明日も白紙の本を開くのだ。
* * *
「あんたねぇ、私だっていろいろやることがあるんだから、少しくらいは我慢して」
京子の部屋のドアを開け、ベッドのサイドテーブルに、指定されたジュースを置いてから、母親はそう言った。手術を終えて退院してからというもの、家の中で、娘の京子が一日に何度もスマートフォンで呼び出してくるので、いい加減うんざりしていたのだ。
「いつまでも甘やかしてもらえると思ったら大間違いだからね」
もちろん、京子が坂道を自転車で走っていて転んで右足首を骨折をしたときは、すごく心配したし、可哀そうだと思った。しかし思い返せば、車が近くに寄って来たという訳でもなく、単なる不注意の自業自得だったのだ。むしろ反省させなければならないのに、この頃娘は少々調子に乗り過ぎだ。ここで一度お灸を据えておかないと、母親は思う。
「でもぉ、取りに行けないしさぁ」
京子は母親の顔も見ずにそう言った。
「そうじゃなくて、ここにお茶、あるでしょう?」
母親はサイドテーブルに置かれているお茶の入ったピッチャーを指した。
「・・・だってぶどうがよかったんだもん」
「来週ギブス取ったら、もうここに食事運んでこないからそのつもりで」
「ええー」
「食べたかったら自力でリビングに下りて来なさい。階段は手伝ってあげるから」
そう言ってから、母親は京子が手にしていた漫画雑誌をもぎ取った。
「ああっ、ヤダヤダお願い返して」
両手をバタバタさせる娘に、母親は呆れ返ったことを示す為に細めた目を向ける。
「欲しいなら、早く歩けるようになって取りに来なさい」
「お願いそれだけは──」
バタンと大きな音をたてて、ドアは閉まった。京子はため息をつき、窓の外へ目を向ける。向かいのマンションの上に、平和の象徴のような太陽が浮かんでいた。
1 2