小説

『スイカ丸の一日』義若ユウスケ(『雪女』)

 コートの袖で口をぬぐいながら、おれはステージに目をむける。ブラキオサウルスのように首の長い女がギターを弾きながら歌を歌っている。

  月を五十個
  つかまえて
  ネックレスにして
  わたしにちょうだい

 いい歌だ。おれは立ちあがって拍手する。「ブラボー!」
 新しいバナナスプリットをナイフで切って遊んでいると、となりに女がやってくる。さっきの歌手だ。
 ステージの上ではクラリネット奏者がジャズをやっている。
 女はドイツビールを注文する。
「拍手をどうもありがとう。モウフブキよ」と女はいう。
「モウフブキ?」
「そう、雪野モウフブキ。それが私の名前。変な名前でしょう?」
「そんなことないさ。やあどうも、おれはスイカ丸。坂本スイカ丸」
「こんばんは、スイカ丸さん。私、あなたを知ってるわ」
「だからどうした!」
「あなた詩人さんでしょ?」
「そのとおりだ!」
「以前、あなたの詩集を読んだことがあるわ」
「なにを読んだ!」
「たしか『たらこプレタポルテ』っていう詩集だったと思うけど、あんまり好みじゃなかったわ」といってモウフブキはドイツビールに口をつける。
「うん、たしかにあれはぜんぜんよくなかったね」とおれはいう。「わが最大の失敗作だ」
「でも、あれはよかったわ」
「どれ」
「ほら、あれあれ。雪女について書いてたやつ」
「そんなの書いたかな」
「書いてたわ! ねえふざけないで、書いてたじゃない!」とつぜん烈火のごとく、雪野モウフブキが声を荒げる。
おれは参った、というように両手をあげる。「おーけー、書いた。たしかにおれは雪女の詩を書いた」
「そうよ」といってモウフブキはニコリと笑う。「ねえスイカ丸さん、私あなたに会いたかったの。あなたに会うために東京に出てきたのよ」
「へえ、どこから来たの?」

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