小説

『神聖なる』伊藤なむあひ(『浦島太郎』)

 僕たちのなかの最後の一人、つまり僕は、僕たちよりも背の高い棚の隙間から店主がこちらの様子に気が付かないかを監視していた。スパイダーソリティアはうまくいっているようだった。
 ジャンパーの中はいっぱいになった。店主は顔がめり込みそうなくらい前のめりになっていた。スパイダーソリティアでなくマインスイーパーなのかもしれないと僕は思った瞬間、店主がマウスをぶん投げた。その音に驚いた僕たちは少しだけ体が跳ね、その表紙にジャンパーから花火がドサドサと音をたてて落下した。誰かが、逃げろ! と言う前に僕たちは出入り口に走った。万引き防止ミラーの向こうで店主がにやりと笑い、手にしたスイッチを押した。警報音が鳴る! 店内は赤く点滅し、僕たちは落としたポパンをかき集めることを諦め転がるように走った。実際、僕たちのうちの一人、最初に自動ドアを開けた奴が転んだ。手を差し伸べる暇はなかった。僕たちのうちの二人は出入り口から出てすぐ、鍵をかけずに立て掛けていた自転車に跨った。大きな音がした。振り返ると店の出入り口にはギロチンみたいな鉄の扉が降りていて、転んだ彼の人差し指、中指、薬指の先だけがかろうじてこの店から出ることができていた。
 僕たちは公園にいた。四人いた僕たちは二人になっていた。安堵からか尿意を催した僕はもう一人にそう伝え、ぬるぬると薄暗い(そしてなによりも消えることのないアンモニア臭!)トイレにて用を足していると懐かしい音がした。四人目の彼のことを思い出した。手を振るわせ水を払いながら戻ると彼のジャンパーの首から上は無くなっていた。
 ポパンはもう残っておらず、僕は薄汚れたバケツを水道ですすいでやると公園の隅にある物置にしまい直した。物置の床には少しだけ、たぶんいっとう質の悪いそれが落ちており僕はそれをためらうことなく口に入れ飲み込んだ。それは喉に辿り着く前に小さく破裂し、僕の鼻からは「ぽぱんっ」という間抜けな音が抜け、すぐあとに黒い煙がついてきた。
 神聖なるそれの効用と、僕たち四人の結末。それが僕の自由研究になった。ややハイコンテクスト過ぎるという批判もあったがスーパーのチラシの裏二枚で収まったことが高く評価されそれはなんとかという長い名前の賞をとった。僕は一時的にちょっとしたクラスのヒーローになったが二学期が始まり三日もすると誰もそのことなど覚えていなかった。もちろん、僕自身も。
 教室の隅の掃除用具入れの上、くしゃくしゃに丸められた見覚えのないその古いチラシを見て、僕は近所のスーパーに向かった。丁寧に皺をのばしたそれを見せると、店員は露骨にめんどくさそうな顔でもうこの商品は安くないということを説明された。広告期間は終わったのだと。
 それでも僕は諦めず、この商品は確かにチラシに載り、この値段で買えるはずだということを強く主張したが、最終的にはそのスーパーをつまみ出され、やっぱり僕はあの公園に向かうしかなかった。
 物置はほんの少しだけ開いており、夕日がそこに吸い込まれ暗闇に変わっていた。神聖なるそれは僕のことを待っていたのかもしれないが、夏休みを過ぎたそれは、もう単なる粗悪な火薬の残りカスでしかなかった。

1 2