小説

『Born to Lose』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 忘れやしない。
 奴の日本公演が3日後にせまった弦月の晩だった。
 俺は、なじみのバーで気分良く酒を飲み、12時を回ったころ店を出た。テキーラをショットで5杯ほどやった。良い感じに酔った俺は、両切りのラッキーストライクに火をつけ、くわえタバコで夜の街をふらふら歩いていた。12時を回っていても結構な人通りがあった。俺はまるで人影を嫌うかのように、裏通りへ、裏通りへ、と足を向けた。深夜の裏町で孤独な逍遥を楽しむ俺の背後に、路地から出てきたのか、突然数名の人の気配がした。
 と、背後がざわつき、とても嫌な予感を覚えた。
 この後俺に起こるだろう事件は、言わずともだいたい察知できると思うが、述べる。
 ふざけた笑い声に混じって奇声がした途端、俺は背中に衝撃を感じた。見えてないので判然とはしないが、後ろから思いきり飛び蹴りされたように思う。酔って反射神経が鈍っていた俺は、そのまま勢い良く前のめりに倒れた。アスファルトにひたいを打ちつけパックリ割れた。ぬらり血がでた。ヤバイと思い頭を上げたら、ひたいから流れた血が目に入って、目の前が真っ赤となった。上げた頭にすぐ打擲が入り、俺は再びうっぷした。
「金目のものいただいて、面白いから全部脱がしちまおうぜ」
「アハハハ、そりゃいいね! すっぱだかにして道に転がしといてやれ」
「裸のロッカーってか! 格好良いんじゃねえかい」
「それやっちまえ!」「やっちまえ!」
 うっぷし、両手を頭に丸くなる俺を、蹴飛ばし踏みにじり、複数の声が飛びかう。いったい何人ぐらいいるのだろう? 卑怯者達め! 後ろから蹴られ倒れた俺は、まだひとりの顔も姿も目にしていない。気のせいだろうか、なかに聞き覚えのあるような声が混じる。
 ジーンズの後ろポケットにさしたウォレットが抜かれた。無理やり引っぱられウォレットチェーンが引きちぎれた。ウォレットのなか数枚の札と共に4月3日のライブチケットが入っている。
「ジョニー•サンダースだってよ。竜ちゃん行くか?」
「ケッ! 趣味じゃねえ。売っちまえ」
 竜ちゃん… 。 俺は聞き覚えのある声の主が、誰だかはっきりと分かった。解散したバンドでドラムを叩いていた竜二だ。奴と俺とは仲が悪く、同じバンドにいてもほとんど口をきかなかった。俺がバンドを解散すると言ったとき、奴は俺を睨みツバを吐いた。ひょっとして、転向してバンドを解散させた俺のことを恨んだのか? 仲間と深夜の街をぶらついていて、路地を曲がったら、たまたまそこに俺の後ろ姿が、それで……

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