「新藤さん、これ表計算」
「新藤さん、これコピー」
「新藤さん、これもう一回」
「新藤さん、コーヒー」
恵麻はAIではないのに、呼びつけては命令ばかり。むしろ機械だったら楽だったのにと思うのがお茶の時間だ。先輩の一人がお菓子を配るのだが、恵麻の分はない。そのくせ食べ終わった後に紅茶をねだられるので席をはずせない。いなければ「業務時間にサボっている」とあることないこと言われてしまう。右側からギャハハハと楽しげに笑う声が耳につきささる。
「もう辞めたい……」
亡くなった父の縁がなければとっくに辞めている。それだけが、恵麻の心残りで寄る辺だった。
毎週第三木曜日には訪ねる場所がある。
「年齢的な制限と、いまの時代柄、女性も働いて当たり前というところがあって……」
スーツ姿の女性がすまなそうにこちらを向いた。
三四歳、おくてで出会いのない職場にいた恵麻には恋愛の経験がない。意を決して結婚相談所に登録したものの三〇代の女性は敬遠されるのだった。恵麻に会いたいと言ってくれた人もいたが、自分一人で生活ができず、お手伝いさんをほしがっている印象を受けた。それは嫌だ。一度の人生、本当の恋がしてみたいのだ。
「申し訳ありません。今週はご案内できる方がいなくて……」
「そうですか、いえ、いいんです」
そもそも恵麻の性格が「条件」と「条件」のお見合いには向いていないのだろう。いざ男性と二人きりにされても何を話していいのかわからない。
わかっている。自分から何も行動してこなかったので今がある。
現状を覆す努力も。
一歩を踏み出す勇気も。
気が付くと硬い机に突っ伏してシンデレラはうなされていた。
……あれは、夢?
疲れて眠ってしまったようだ。今日は特にやることが多かったから。
でもおかげで気づいたことがある。
どこにいたって、結局同じ。
待っていたって何も始まらないのだ。
今夜の舞踏会に、なにがなんでも行ってみよう。人生が変わる何かが見つかるかもしれない。きれいな服を着て、素敵な場所に行ってみよう。
「後悔したくないものね」
シンデレラは途中で諦めかけていたドレスを縫い始めた。その一針一針が望む未来に通じていると信じて。
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