キクコは慌てて、男の子に謝った。男の子も、キクコの慌てぶりをみて、少し笑った。そして、思いがけない提案をした。
「こちらこそ、ごめんなさい。あの、あつかましいのは分かってるんですけど、二十番街に一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「え? きみは、ここまでどうやってきたの? 誰かと、一緒に来たんじゃないの?」キクコは質問した。あの真っ暗で長いトンネルや、寒々しい岩場を歩いてきたとは到底思えなかったからだ。
「あ、えーと。……じつは、置いて行かれちゃって。困ってるんです」
男の子はそう言って、くりくりした目を何度かしばたかせた。
「こんな場所に置いていかれたの? いじめられてるんじゃないの?」
つい、キクコはそう言ってしまったけれど、男の子は、何となく恥ずかしそうに笑っただけだった。
「招待されてるんでしょう? それなら、問題ないはずだよね。私が乗ってきた車はまだ余裕があるから、一緒に行こう。旅は道連れっていうしね。ところで、きみの名前はなんて言うの? 私はキクコ。よろしくね」
「ぼくは、マサルっていいます。ありがとう。キクコさん」
マサルと一緒に、マイクロバスに戻り事情を話すと、シカダは露骨に嫌な顔をした。スーツの胸ポケットから手帳を取り出して、何度も手帳とマサルの顔を見比べながら、ブツブツと誰にも聞こえないような小さな声で文句を言っていた。どうやら、予定外のことに対応するには、なにやら手順を踏まねばならず、それが面倒だということだった。しかし運転手のマキが、ポン、とシカダの肩をたたき、「そろそろ、出るぞ」というと、渋々と頷きマサルの同乗を認めてくれた。
キクコのとなりに、マサルが座った。後ろの席のふたりは相変わらず、なにも気に留めることなく、ただ静かに座っていた。さっきまでと違う、といえば、女が男の肩に頭をもたれかけていることぐらいだった。
一度エンジンを噴かせた後、車は走り出した。ほどなくして、助手席に座っているシカダが振り返り、乗客であるキクコを含めた四人に向かって話しはじめた。
「みなさま、お疲れ様でございます。あと、ほんの少しで、『二十番街』へ到着となります。二十番街のご説明を少しだけ、させていただきます」
シカダはそこで、一度言葉を切り、みんなの顔を順番にながめるような素振りをした。
「二十番街は、限られた方々だけをご招待します、特別なテーマパークとなっております。温泉や、針といったリラクゼーション施設あり。また、日頃のストレスを大きな声で発散できる、そうですね、ちょっとしたカラオケのような施設もございます。その他にも、楽しんでいただける施設はたくさんご用意しております。六つの道に分かれている大きな迷路のようなアトラクションもございますし。ええ、楽しみですね!」
シカダはそう捲し立てて、また、一人ひとりの顔を舐めるように順番にながめた。そうして、何を満足したのかわからないけれど、にやりと笑って前を向いて座った。
キクコは何だか、背筋がゾッとした。妙に、気味が悪かった。もうすぐ到着する「二十番街」って、一体どんなところなんだろう? 後ろのふたりも、妙に静かだし。「テーマパーク=楽しい場所」だと勝手に思っていたけれど、なんだか、おかしなところに連れて行かれてしまうんじゃないかと思うと、キクコはいまさらながら体が震え、「やっぱり行きたくない」と思った。
「あのー、シカダさん。質問なんですけど……」
キクコは恐る恐る声を出した。その声は、すこし、震えていた。