小説

『ようこそ! 二十番街へ』間詰ちひろ【「20」にまつわる物語】

 きっちり、約束をした三十分後にシカダはまた、インターフォンを押した。
「九十九企画のシカダでございます。お出かけのご準備は、お済みでしょうか?」
甲高い声で、そうキクコに質問した。準備できていると返答し、キクコは玄関へ向かい、靴を履いた。その時、何気なくキクコは振り返って、さっきまで過ごしていた部屋を見た。正体の分からない、ぼんやりとした不安な気持ちを抱えながら。

 マンションの前には、八人程度乗れる、マイクロバスが停められていた。
「どうぞ、こちらに」
 シカダはキクコに、マイクロバスに乗るように促した。
「申し訳ございません。普段は、もっと、特別車でお迎えにあがるのですが、今日はお迎えの時間が重なりましたもので……」
 すこしばかり言い訳がましく、シカダはそう言って、助手席に乗り込んだ。運転手は、「本日の運転をつとめます、マキと言います」と太く、腹に響くような低い声で挨拶したあとは言葉を交わすことはなかった。険しい表情をして、ずんぐりと、クマのように大きな体で、おもちゃのように見えるハンドルを操作していた。マイクロバスにはすでに、二名の男女が後ろの席に乗っていた。女は若く派手な服装で、男は白髪まじりの髪から察するに、すこし年配のように見えた。しかし、ふたりともうつむいていて、表情はなにも見えなかった。
 キクコがマイクロバスに乗り込むと、車はすぐに出発した。
「目的地まで、少しお時間が掛かりますので、くつろいでお過ごしください」
 シカダは、助手席から振り返り、キクコと、後ろの男女にそう告げた。車内は静かで、誰も一言も発することはなかった。キクコは、朝早く起こされたこともあり、少し、ウトウトと眠ってしまった。

 キクコの目が覚めたとき、車はトンネルの中を走っていた。
 いま、何時だろう? と思い、バックからスマホを取り出し、時間を確認しようとしたけれど、電源が落ちてしまっているのか、画面にはなにも表示されなかった。充電し忘れたんだっけ? と小さくため息をつき、スマホをバックにしまった。キーホルダのヌイグルミを、何となくいじりながら、ぼんやりと外を眺めていた。トンネルのなかを走っているのだから、窓の外は暗くて当たり前だろう。だけど、トンネル内には照明がついておらず、運転するには危ないんじゃないか? と心配になるほどの暗さだった。対向車は全く走っていない。後ろにも、車がつかえているわけでもない。運転を慎重におこなえば、事故にはならないかもしれないけれど、車のライトだけを頼りに、運転しているように感じられた。キクコはなんとなく不安になり、助手席のシカダに質問した。
「すみません、シカダさん。今って、どの辺りを走ってるんですか? まだまだ、目的地にはつかないんですか?」
「お寝覚めになられたんですね。ええ、『二十番街』へは、まだあと少し到着までお時間をちょうだいいたします。トンネルはあと少しで抜けますので、そこで一度休憩を挟みましょう」
 シカダはちらりと振り返ることもせず、抑揚のない、けれど甲高い声で、そう告げた。

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