小説

『陰ーHer shoes』柳井麻衣子(『外套』)

遠回りし、いつもよりもずっとゆっくり歩いた為、もうすっかり夜である。
安貴は一度振り返ろうとしたが、辞めてそのままいつもの方向へと歩いたが、何故かもう一度振り返ろうとした。
辺りは本当に真っ黒である。

真っ暗。

安貴は目をゆっくりとあけた。
ここはどこだ?
靴は・・。履いてない!

目の先にある光輝く靴は片方しか置いてない!病室の隅に置かれていたのは片方だけ。
安貴はガンガンする頭を押さえながら、自分に話しかける男を見た。

「早速で申し訳ないのですが、貴方は昨日何者かに刺されました。何か覚えていることはありますか?」
この若い警察は淡々とした話し方である。

「私の靴を知りませんか?」「けやき通りの靴屋でオーダーしたばかりなんです。」
安貴は小さな声だがゆっくりとはっきり伝えた。冷静に。

「え。靴?」
若い警察は靴については相手にしようとしない。

「靴ですよ。私、やっと買ったんです。大事な靴なんです。何故片方しかないんですか?」

「靴、ですか。何か覚えていることはないですか?貴方以外にも犠牲者がいるんです。」

安貴は器官が弱くよく咳をする。
警察が話している間中、安貴の咳は止まらず、若い警察は少し表情を変え、少し眉間に皺を寄せ事件について何か情報がないかと必死に聞くが、安貴の頭にはもはや靴のことしかない。
犯人の事は全く分からない。他の被害者の事など考えていなかった。
安貴は自分の刺された腹の傷や、倒れた時についた顔の傷なども気にもしていなかった。
ただ、ただ黒く光った靴を見つめた。

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