小説

『光は揺れる』長谷川蛍

 おじさんは勢いよくしゃべる私には合わせず、あくまで自分のペースを守り、ゆっくりとした口調で話し出した。
「お嬢ちゃんの悩みを一言で解決出来る言葉を、五十も年を重ねても、おじさんは持ち合わせていない。けど、生き方の形をすでにお嬢ちゃんは持っているんだと思うよ。ただひたすらどこまでも『悩む』っていうね。本来生きるってとっても受動的なんだ。生まれて死んで、誰かを愛して、子供を授かって。それらの行為は、能動に見えて結局全てが受け身。実際その方が楽だし、そうしなければ生きていけない。それなのに、お嬢ちゃんは幸せを必死に能動的に掴もうとしている。それはとても辛いことで、世の摂理に反している。わかるかい?」
「よくわかってないかも」
「要は悩めってことさ」
 おじさんはゆっくり立ち上がって、腰を叩いた。
「火をありがとう。若い女の子と話せて楽しかったよ。最近は娘もめっきり口をきいてくれなくなってね」
 また人懐っこい笑みを浮かべてバイクにまたがった。私はまだぼんやりしていたが、なんとか「こちらこそ、ありがとうございます」とだけボソッと言った。それには何も言わずに、走り去っていく。静かな夜に久々に大きな音が響いていた。

 

「心配したじゃないか。電話にも出ないで」
「ごめん。走ってて気がつかなかったの」
 あの後、煙草二本分の時間を要して心を落ち着かせた私は、謙介に電話をかけて自分が道に迷ったことを伝えた。
 道を聞きながら歩いて、ようやく見覚えのあるコンビニを見つけると、そこに謙介がお母さんに車を出してもらって迎えに来ていた。
 こうして夜中にわざわざ来てもらいながら失礼だと思うが、それでも私は子供の付き合いに親が出てくるのが好きではなかった。家族に紹介することで、私を見えない糸で絡め取ろうとしているのではないかと考えてしまう。相手の親と密になっていくことで、身動きのできなくなっていく感覚が怖かった。
「こんな時間に来てくれてるんだから、文句を言うんじゃないよ」
 まだブツブツ文句を言う謙介をたしなめるように言ってくれたが、その声から伝わってくるのは、私への気遣いではなく息子への愛だった。
「こちらこそすみません。夜中に車を出してもらっちゃって」
「いいのいいの。謙がひかりちゃんに夢中なのがいけないから」
 声は明るいが、本当のところは何を思っているかわからない。一人息子をたぶらかすインラン女に見えているのかもしれないのだ。私だって、表面上は申し訳なさそうに振る舞っているのだから。

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