小説

『吾輩はブスである』中杉誠志(『吾輩は猫である』)

 そして……官能小説を書く気はないため詳細は省くが、我々はホテルで体を重ねた。くさめは、わかりきっていたことではあるが、紳士な態度とは対照的に、慣れた男であった。終始やさしく、吾輩をリードしてくれた。そのおかげで、ネットで事前に調べていたほどの苦痛もなく、無事に処女を捨てることができた。
 ところで、男というものは、射精するととたんに冷たくなるものだとネットで見たことがある。吾輩は、達成感のある疼痛と、なにかが股に挟まったままのような奇妙な感覚を覚えながら、やるだけやったことだし、裸で放り出されないうちにさっさと帰ろう、というようなことを卑屈に考え、気だるい体をベッドの上で起こした。なにもいわずに去るのも無礼だと思い、隣で寝転ぶ男を振り返らずにいった。
「……今日は、ありがとうございました」
「どしたの、くろちゃん? あ、もしかして明日仕事だった?」
「いえ……でも……」
「じゃ、朝まで一緒に寝よ」
 いいながら、シーツに手をついた吾輩の手首を、そっと掴んだ。
「いや、あの」
「ダメだよ。朝まで一緒にいなきゃ」
 そうして強引に引き倒され、再び男の真横に収まったとたん、ぎゅっと抱きしめられた。なぜだろう、視界がかすむ。老眼か。通信量が上限を越えたのか。んなわきゃない。涙がにじんでいただけだった。
 そのにじんだ涙も、くさめの次の言葉で豪雨に変わった。
「僕、くろちゃんに会えてよかった。本当によかった。生まれてきてくれてありがとう。愛してるよ、くろちゃん。『自分は愛されてる』っていう自信を持っていいんだよ」
 なんだこの男は。神かなんかか。ボランティアか。なんでこんなにやさしいんだチクショウ泣いちまわあ。
 吾輩は、男からこんなにもやさしくされたことなどなかった。嫌われるか、避けられるか、嘲笑われるかの人生であった。そんな吾輩が愛されることなど、この人生ではあり得ぬと思っていた。だからせめて徳を積んで、来世は人間並みに生まれ変われるようにと、慎ましく、清廉潔白に過ごしていた。誓っても、ネットの匿名掲示板などに「男なんてクソ」というような書き込みをしたことはない。すまぬ。じつは二度だけある。ただそれは、吾輩を嫌い、避け、嘲笑う男がクソなだけであって、吾輩は過激なフェミニズムの原理主義者のようにすべての男がクソだとは思っておらぬ。人間というものは、時として、抑えられぬ衝動を文字にしてしまいたくなる生き物なのである。その一件、否、二件を除けば、吾輩は罪らしき罪を犯したことなどない。

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