小説

『吾輩はブスである』中杉誠志(『吾輩は猫である』)

 吾輩はこの日のために身なりを整えている。コンビニの店員に「え、おまえが買うの?」というような顔をされながら、人生で初めてファッション雑誌を買い、研究した成果である。といっても、載っているモデルの写真に吾輩の顔と短い手足をつけた雜コラのようなものである。それでも、後ろ姿はそこそこ見れる容姿になっているに相違ない。では、前はどうか? 黙れ。
 繁華街から程近い待ち合わせの名所で肩を小さくしながら、なんとか周囲のリア充どもに溶け込むか、それがムリでも透明人間になろうと息を殺していると、人混みのなかから無個性な顔をした無個性なファッションの男が近づいてきた。吾輩は一瞬、宗教の勧誘か詐欺師か何かかと身構えたが、相手の第一声を聞いてその緊張は解けた。
「くろちゃんですか」
「あ、はい」
「くさめです。はじめまして」
「どうも……」
 警戒心からくる緊張は解けたが、べつの緊張が押し寄せてきて、吾輩の応答は短く終わるばかりである。くさめは外見こそ無個性だが、リアルの世界では初対面であるはずの吾輩に対して、にこやかに話しかけてくれるあたり、なかなかの好男子である。架空空間で送られてきた電子メッセージそのままのイメージといってよい。相手の顔の見えないインターネット上で気さくな態度に出るのは、わかる。しかし吾輩はブスである。ブス相手にも気さくな笑顔を振り撒くくさめに、吾輩は好感を抱いた。
「あ、あの……きょ、今日は、よろしくお願いします」
 好感を抱けば抱くほど、吾輩の緊張は高まる。そんな吾輩を、年齢を二十一才としておいたせいか、うぶな小娘と思ったらしい。くさめは、やわらかな微笑みをいっそうやわらかくして自然な調子でいった。
「こちらこそよろしく。ああ、くろちゃんがかわいらしい人でよかった」
 いや、これはない。かわいらしい? ありえぬ。目ぇ腐ってんのかこの野郎、お世辞もそこまで的外れだと嫌味でしかないぞコンチクショウ、といい返したいところであったが、それより胸の高鳴りがキュンキュンとやかましい。
 吾輩は簡単な女であった。もっとも、これは吾輩に限った話ではあるまい。三十年彼氏のいない女など、相手がよほどの不細工でない限り、男という男から優しくされれば、殺虫剤の有効成分をたっぷり含んだ噴霧を全身に浴びた蚊のごとく、コロリと落ちてしまうに決まっている。
「あ、いや、全然……どうも」

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