「はい、そうですよ。そうです。私はここに住んでいます田中大輔です。でもね、普通、人の名前を尋ねるなら、自分から名乗るのは順序ってもんじゃありませんか?普通はね」
「は、まあ・・・。隣の高橋ですけど」
「はい、高橋さんね。お隣の」
「大丈夫ですか?」
「何がですか?人の心配する前にご自分の心配をなさって下さい。こんな朝から一体のご用ですか?」
「昨日の夜、大きな音が聞こえたんで。大丈夫ですか?おじさんとおばさんは?」
「聞き違いじゃないですか。それを人の家までやってきて困るんですよね。こういうの。今立て込んでいるんで。それでは」
「はあ・・・。本当に大丈夫?」
「それでは」
扉脇のすりガラスから中の様子を探ろうとしてくる影が見える。
影は新聞が挟まっているドアポストに移動した。
ドアポストと新聞の隙間からこちらを覘こうとする目と目が合った。
しばしこちらの様子を見て、明らかにその瞳が驚きで大きくなったのが分かった。
そして、逃げるように去って行った。
新聞を抜いて、床に捨てるとドアポストの戸を近くに置いて合ったガムテープで止め、二階へと登って行く。
階段を登りきり、二部屋ある内の奥の部屋の扉を開けた。
扉を開けた瞬間に鼻を摘んだ。
「クサっ。何してんの。絆創膏は?」
ベッドの上に突っ伏している老年の女に尋ねるが返事はない。
「聞こえないんですか?絆創膏はどこですか?」
語尾を荒げても女はピクリとも動かず、何も返答がない。
自分の頭に血が上っているのが分かった。
「人が尋ねているんだから、起きなさいよ」
ベッドに飛び乗って、老女の脇腹に数発蹴りを入れる。
贅肉につま先が食い込み揺れるが老女はそれでも動く気配はない。
「しょうがないね」
ベッドから飛び降りる。