小説

『田中の小言』室市雅則(『小言幸兵衛』)

 口元を袖で拭い、蓋をきっちりと閉め、ペットボトルを元と同じ向きで戻し、冷蔵庫を見渡した。
 機嫌が良いのか鼻歌交じり。
 「何か食い物あるかな。何があるかな。どうかな」
 炊飯器が米の炊き上がりを知らせる音が鳴ったので、そちらを振り向いた。 
「ピーピーうるさいな。朝なんだから、もっと静かに知らせなさいよ」
 奥ばかり見ていた視線が手前に戻り、タッパーを見つけた。
 「何これ」
 手に取り、蓋を外して中身を確認するとしなびた大根の煮物が入っている。
 「こんなもんしかないのか。一晩で味が染みるって言ったって大根は大根。そりゃ、不味くないよ。むしろ美味いよ。でも、せっかくの朝なんだから、アジの干物までは言わない。でも、生卵に味噌汁くらいはないもんかね」
 ガスコンロを確認するも何も置いていない。
 「そりゃ仕方がないか」
 冷蔵庫からタッパーを取り出し、電子レンジに入れ、スタートボタンを押した。
 「はい、スタート。あれ、動かないな」
 面倒くさそうにいくつも並んだ電子レンジのボタンを確認する。
 「レンジなんて、温めるだけしてくれれば良いんだよ。何だよ、便利クッキングなんて。こんなボタンがむしろ不便なんだよ」
 適当にボタンを押して試すが、レンジは動かない。
 「おいおい、人間様を舐めているのかな」
 左手で電子レンジの脇を叩きつつ、右手では適当にボタンを押していると電子レンジが動き始めたので、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 「ご飯の前に疲れさすんじゃないよ」
 励ますように優しく電子レンジの脇を叩くと上に置かれたイワシの缶詰に気付いた。
 「こんな所に置いといて、電磁波とか大丈夫かな?」
 気にしたように缶を手にし、中身を確認するように耳元で振る。
 「振ったところで分からないか」
 一人で笑うとイワシの缶詰をテーブルの上に置いた。

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