小説

『続・銀河鉄道の夜』藤野(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)

「カムパネルラ!?」
 そんなはずはないとわかっていても声をかけずにいられませんでした。
「カムパネルラ!」
 ジョバンニはさらに大きく呼びかけました。すると、その声に応えるようにひときわ高く口笛の音がきこえたのです。気づくとジョバンニは少年が消えた先に向かって走り出していました。胸に抱えた月長石の結晶を強く強く握りしめながら。林の奥の方で烏瓜のあかりが銀星石のように白くゆらゆらと浮かんでいるのがときおり見えます。ゆらゆらと揺れるそのあかりだけを見てジョバンニは走り続けました。林の影と自分の影ぼうしがとけてまざってしまうのではないかと思うくらい走り続けました。どれだけ進んだでしょう。走り疲れたジョバンニは真っ暗な林の小道を歩きながら、あの日もこうしてたったひとりで歩いていたことを思い出しました。
 あの時はカムパネルラから逃げたくて。今は、もう一度カムパネルラに会いたくて。
 そして、真っ暗な林を超えると、にわかに空がひらけ、濃い鋼青のそらがぐんとジョバンニの頭上に広がりました。天の川が白くぼんやりとかかり、赤玉や黄玉を散りばめたような星々がうつくしくきらめいています。風がそよぎ小さな野菊のような花がさらさらと揺れています。
(あぁ、ここは銀河ステーションの丘だ)
 もう一度ここにくることができたのです。ジョバンニはずっと大事に抱えてきた鞄を草の上に置きました。この中にしまわれている月長石はあの銀河鉄道のステーションとなりうる輝きを十分に持っています。今夜、もう一度あの鉄道に乗ることができるのです。鞄を開けようとして、
(僕がいなくなったらお母さん、お父さん、それにお姉さんはとても悲しむだろうか)
 とジョバンニは少しだけ躊躇しました。みんなの笑顔を思うとすんと胸の奥がひんやりとします。ジョバンニが一生懸命に勉強して大学の先生となったことをみんな大変誇らしく思ってくれました。
(最近はお母さんの体の調子も良く、お父さんももう遠くへ行くことがないはずだ。お姉さんの小さな子供たちもいるし、きっとお母さんも僕がいくことをわかってくれるはずだ)
 ジョバンニはなんだかどこかに、とても大切なものを忘れたような気持ちがして心の奥の方にしまわれた何かをよく見ようとしましたが、しらしらと輝く天の河のひかりをみあげると、少しだけ寂しいような口もとをして大きく息を吐いて心を決めました。そうすると、野原のそらの一部にぼんやりとした白い靄のようなものがあらわれ、徐々に三角標を形作っていきます。
 もう時間がありません。あの銀河を走る鉄道がもうすぐそこまで迫っているのです。月長石のあかりをめざしてすぐにでもここを訪れてくれるでしょう。
 ジョバンニが鞄の鍵を外して蓋に手をかけた時でした、
「ジョバンニさん?」
 やわらかな声がジョバンニにかけられました。見ると、先生のお嬢さんが林の入り口に驚いた顔をして立っていました。

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