小説

『花瓶少女』渕上みさと(『鉢かつぎ姫』)

「嫌うわけがないわ。嫌っていたら今日ここにいないもの。」
「花瓶女の話、武史と仕組んだだろ?」
「あはは、バレた?今時、花瓶被って歩いてたら職質されちゃうわよ~。友達何人かに頼んで、ツィートしてもらっていたの!」
「なんだよ、やっぱり皆知ってて黙ってたのかよ。」
「上野くんが私のこと忘れてると心配だから仕組んでおいたの。」
 15年後の11月第3土曜日、僕が上原さんにもう一度会うと決めた日。僕は、確かに地元でずっと上原さんが帰ってくるのを待ち続けていた。でも一番大事な1日を忘れるところだった。
 15年前の11月第3土曜日、上原さんが引っ越す日。僕は上原さんの花瓶を割った。割れた花瓶の中からは、久しぶりに見た上原さんの顔と、大きなダイヤのイヤリングが現れた。その時の上原さんは、笑ったような泣いたような表情をして、やっぱり泣いていた。僕はどうしたらいいか分からず、「ごめん大人になったら、15年たったらお嫁さんにして責任取るよ。だから15年後の今日絶対会おう。」と上原さんによく分からないことを言って走って家に帰った。
「上野くんはどうしてあの時、私の花瓶を割ってくれたの?」
「それは、やっぱり毎日上原さんの表情みられないのはつまらないから、かな。上原さんは笑ってるのが一番いいんだよ。どうして花瓶なんて被ったんだってずっと思ってた。」
「それは、まだ私が子供でお母さんが死んじゃうこととか、お父さんが再婚しちゃうこととか受け入れられなくて殻に閉じこもってしまったんだと思う。」
「まあ、上原さんいろいろあったしね。」
「このイヤリング、お母さんのお気に入りだったの。」
 上原さんは身に着けていた大きなダイヤのイヤリングを触ってみせた。
「あの女、新しい母に渡したくなくて私がずっと身に着けてたの。学校に持って行ったら先生に取り上げられちゃうと思って花瓶で隠したの。」
「なるほどね。花瓶被っちゃえば分からないね。あはは。」
「でも花瓶は被らない方がいいわ。周りに好きなものがたくさんあることが見えなくなるもの。」
 今、目の前の上原さんは花瓶を被っていない。真っ直ぐ僕を見つめている。
「実は今、仕事でこのVRのメガネ作ってるんだ。」
 僕は自分のメガネを触ってみせた。
「え、うそ本当に?これ上野くんの会社なの?いろいろお話したいわ。これから時間ある?」
「時間はたっぷりあるよ。とりあえずどっか行こうか。」
 僕たちは自分たちの眼でこれから見たいものを一緒にみよう。

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