小説

『魔法のマッチ』長月竜胆(『マッチ売りの少女』)

「ハハハ! 私が王様になって大勢の人間を従えているぞ」
「いけ好かない上司がクビになって、泣き喚いているわ。いい気味ね」
 大体そんな具合で、後は皆似たり寄ったりであった。
 そんなことを繰り返している内に、気付けばアンヌの手元にはかなりの額のチップが。マッチを全て売り尽くしたとしても、とても及ばないような額である。もちろん、それ程の大金を手にするのはアンヌにとって初めてのことだった。
 普段のアンヌならば、大喜びで何か美味しいものでも買いに行くところだろう。ご馳走を妄想するくらい腹も空かせている。しかし、何故か今のアンヌには何のやる気も起きなかった。
「人間ってつまらないわね。馬鹿みたい……」
 道の端に寄って、また道行く人々を眺めながら、不機嫌につぶやくアンヌ。彼女は、魔法のマッチが見せる映像を通して、人々の心の中にある願望を覗いたのである。それは率直な分、決して美しくはない人間味を帯びていていた。
 もう何も信じられなくなりそう。道端でアンヌがうずくまっていると、ふいに声をかけられる。
「……大丈夫?」
 アンヌが顔を上げると、そこにいたのはみすぼらしい格好の少女。アンヌと同じくらいの歳で、同じようにマッチのたくさん入ったカゴを持っていた。つまりは同業者である。ただ、その格好からアンヌよりもずっと貧しそうな雰囲気だった。
「別に……」
 独りになりたいアンヌは、素っ気なく言って少女を追い払おうとする。しかし、少女はお節介にもその場に居座り、立ち去ろうとはしなかった。
「放っておいてよ」
 アンヌは睨み付ける。
「だけど……」
 少女は心配そうな表情でアンヌを見つめた。それがかえって今のアンヌには癪に障るのだ。アンヌは魔法のマッチを擦ると、少女に突きつけた。
「ほら、何が見える?」
 どれだけ上辺を繕ったところで所詮人間は浅ましいもの。それを思い知ったアンヌは、少女の願望をあらわにすることで、その事実を思い知らせるつもりだった。
 ところが、少女の口から出てきたのは思いがけない言葉。
「すごい、魔法みたいね! あなたが映っているわ」

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