小説

『(有)桃太郎出版社』吉田大介(『桃太郎』)

「それは分かっとうよ。じゃけんて何すればいいとね。桃太郎の名前が揃ったけんて、テレビの面白コーナーにでも出ればよかとね」
「いいえ、ぜひ、雉子牟田さんには我が社に来ていただき、一緒に働いて欲しいんです。いや、それは無理でしょうから広島出張につきおうていただければ本望」
 桃田が頭を下げた。
「訳のわからんこつば言っとらんで、早よう食べんと伸びるばい」
 あきれた顔でそう言ったきり、雉子牟田は食器洗いに専念し始めた。本日の説得はこれにて終了。しかし、桃田らは諦めなかった。
 桃田らは五日連続で豚々ラーメンに通った。
 昼食、夕食、昼食、夕食。そして五日目の晩、事態が動いた。
「分かった。広島には行かれんばってん、百万あんたらに出資するけん、広島進出の資金にすればよか!」
 雉子牟田は言い終わるとすぐに調理場の奥へ入っていき、百万円の束を持って出てきた。他に客はおらず、その場で桃田は借用書を書かされた。
 店を出た三人は歓喜に踊った。
「あり得ないっすよ、社長。やりましたね、三顧の礼」
「待て、犬山。簡単に銭を借りてしもたけどな、これは成果出さなあかんで」
「やっぱりあの人、道路拡張に引っ掛かって金の余裕があるけんでしょうかね」
 猿橋が笑うと、
「本当は、俺がきびだんごを渡さんとあかんのやけどな・・・」
 桃田は何か不安がよぎったのか、深刻な表情を見せた。

 三か月踏ん張ってみた。広島進出は失敗に終わった。更に消費者金融の世話になり、会社は火車、借金は雪だるま。

「毎度ありがとうございますう」
 冬になり、皿を洗う桃田の手にはあかぎれが目立つ。猿橋の切るチャーシューは厚さがまちまち。麺を湯がく犬山の手つきは慣れたものだが、バリかたの茹でが苦手。三人は博多駅前に移転した「元祖・豚々キジムタ拉麺」の従業員として新しい人生をスタートさせていた。

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